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2015年11月

2015年11月29日 (日)

今シーズンも、終了しました〜^^

F1最終戦アブダビGPも無事に終わり、メディアセンターでの夜なべ仕事も、そろそろ目鼻がついてきました(現在、午前2時40分・・・)。

昨日までのアブダビの様子は、こちらをご覧くださいませ。

そしてレース当日は、恒例のドライバー集合写真から。

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まずは撮影直前の様子。

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そして、ポーズを付けてるところ。

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今シーズンも、ご愛顧ありがとうございました。パリに戻ったら、少しは休めるかな・・・。

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2015年11月28日 (土)

今年のアブダビは、何だか涼しいぞ。

世間はもうそろそろ師走に入ろうというのに、まだF1レースやってるんですか・・。ということで、最終戦の行われるアブダビに来ています。アブダビGP初日までの様子は、こちらをご覧ください。

エティハド航空でパリから来たんですが、直行便はやっぱり楽ですね〜。夜11時過ぎにホテルにチェックインして、翌朝近所を探検がてら、小1時間のんびり走りました。

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アブダビはアメリカに引けを取らないぐらいの超クルマ社会なんですが、それでも海岸沿いまで行くと遊歩道が整備されてました。

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女性専用モスク。今年は例年より涼しく感じるんですが、でも太陽の下を歩いてる人は、誰もおらず・・。

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サーキットでようやく、伝統的な衣装の女性たちに遭遇しました。

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2015年11月24日 (火)

須藤元気さん、いい人だったな〜。

10月某日。近所のトロカデロ広場を走っていたら、撮影中のWorld Orderにバッタリ遭遇しました。それを基にした作品がすでにネット公開されてるようですので、もう解禁してもいいですかね。ロケ風景を、ちょっとご紹介します。

こちらがYouTubeに上がってた本編。パリとベルリンを舞台にしてます。

僕が覗いたのはトロカデロ広場だけでしたけど、そのあとパリ市内だけでもずいぶんあちこちで撮ってたんですね。

本編の40秒からの映像が、これでした。

取り囲む観光客たちも、興味津々。彼らの熱い視線を浴びながら、何度も何度もパフォーマンスを繰り返してました。

このテイクは、最終的に本編では使わなかったみたいです。

少し時間の空いた須藤さんに、思い切って話しかけてみました。
「人払いをせずに、撮影するんですね」「ええ。周りの人たちの反応も含めての作品ですから。できるだけ人がいるところで、撮るようにしてます」。

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気さくでリラックスして、それでいて節度のある態度を失わない、気持ちのいい人でしたよ。



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2015年11月23日 (月)

オートリブで、度重なるトラブル・・・。

パリにいる時は、ほんとに重宝しているオートリブ。これとベリブのおかげで、市内の移動は実にラクチンになりました(以前書いたオートリブ試乗記は、こちらです)。

でも先日、オペラ座近くに用事があって出かけた時のこと。事前にネット予約していたステーションに到着してみると、

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オートリブとは全然関係ないクルマが駐車してるじゃないですか。もちろん堂々たる駐車違反です。空きスペースはここしかなく、途方にくれてしまいました。仕方なくサポートセンターに電話してやり取りしている間に、運転手がのんびり到着。文句を言っても、全然聴く耳持たずでした(怒)。

そして今日。物騒なご時世なので、学校からだいぶ離れた体育館へ娘を送っていった帰り(パリの学校は、敷地内にちゃんとした体育館がありません)、ステーションにオートリブを止め、カードを取り出そうとしたら、バキッと音がして、二つに折れてしまいました。

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(帰宅してから撮影の図)充電プラグを引き出そうとカードをかざしても、ウンともスンとも反応なし。再びサポートセンターに、連絡です。緊急時の強制的な充電ポストの開け方を教わり(単に両手で力任せに引き上げるだけでした)、レンタルは何とか終了しました。

「すぐに、代わりのカードを郵送しますよ」とのことでしたが、念のために「すぐに」がいつなのか訊いたところ、「ま、10日はかかりますね」とのこと。それでは困るので、臨時のカードを作りに行くことに。

市内に何ヶ所かある、ガラス張りのブースのようなところへ出かけました。

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するとここは完全に、ホームレスのおじさんの住まいになっておりました。ここ数日の冷え込みは、けっこう厳しいですからね・・。「お邪魔します〜」という感じで中に入り、家財道具の脇をすり抜けながら、TV電話の前に。手続き自体は簡単に済みましたが、TV画面の向こうのスタッフは、僕の背景がずいぶんシュールなことになってると思ったんじゃないかな(笑)。

どうせ無駄に広い空間だし、冬の間だけでもホームレスを積極的に受け入れたらどうでしょうね。

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2015年11月21日 (土)

事件から1週間(と1日)が経って・・。

パリ同時テロから1週間と1日が経った土曜日の朝。

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1週間前と同じように、パリの街をゆっくりと走りました。

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雨上がりの朝です。

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ルーブル美術館も再開し、普段より短いながらも開館を待つ人の列ができてました。

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1週間前は臨時休業だった近所の市場も、

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今朝は賑わってました。

うちも久しぶりに外食でもするかと、行きつけの「カンチーヌ・ド・トロケ」へ。

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いつもなら外まで客が溢れ出るほどの超人気店ですが(これは去年の9月の写真です)、

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この晩はテラス席がガラガラ。でも別にテロを恐れてじゃなくて、まだ夕方6時半過ぎだったのと、急に冷え込んだからだと思います。昨日までは14〜5℃あったのが、今日は日中でも5℃ぐらいでしたから。

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でも大通りに面した窓際の席に通された時は、正直ちょっとドキドキしたかな。ここで何か起きても、絶対逃げ出せないぞと思ったり・・。とはいえ食事とワインは、いつものように美味しかったです。8時過ぎには、店内は満席でしたしね。

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今夜は南仏モン・コームの赤と、

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相変わらず絶品のbavetteハラミステーキなどなど。

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食後はいつものように、歩いて家まで帰りました。エッフェル塔が三色旗の衣を脱ぐのは、いつのことなんでしょうね。

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2015年11月19日 (木)

日常が少しずつ、パリに戻ってきています。完全に元に戻ることは、もはやないにしても。

11月13日の夜からしばらく時が止まってしまい、このブログの更新もすっかり滞ってしまいました。たくさんの皆さんから、消息を訪ねる便りや、励ましのメッセージをいただきました。ありがとうございます。われわれ家族は、とりあえず元気です。でも犠牲者の多さ、遺族の哀しみの深さを思うと、今もなかなか平常心が保てません。

今回の無差別テロは、これまで30年以上パリに住んで、何度か同様の事件に遭遇してきた中でも、何か異質のものを感じました。うまく言葉に言い表せないのですが、憎しみの質が違うとでもいうのでしょうか。

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テロリストたちの犯した犯行に言い訳の余地のないのはもちろんですが、その冷酷さからは絶望の深さも伝わってくる気がします。それはシリアへの空爆強化などでは、解決できることではないと思います。

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土曜日には閉まっていた近所の市場も、昨日水曜日はたくさんの買い物客で賑わっていました。パリに日常が、少しずつ戻っています。でもまだ完全には戻っていないし、何かが決定的に失われてしまった気がします。

改めて少しずつ、パリの様子を伝えていくつもりです。途切れ途切れになるかもしれませんが、お付き合い下さい。

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2015年11月10日 (火)

標高2200mのメキシコシティを走ってみると・・。

悪天候と高地の北米2連戦は、自分が思ってた以上にくたびれたのか、パリに戻ってから丸々1週間経って、ようやく疲れが取れた感じです。

ということでお休みしてたブログも、再開させていただきます。取り急ぎ、備忘録も兼ねてメキシコシティで走ったお話を。

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今回滞在したZona Rosa(直訳すると、ピンクゾーン・・)というのは、メキシコシティ屈指の盛り場地域らしいんですが、確かに新宿2、3丁目辺りの雰囲気は多少感じます。そこから歴史地区に向かって、のんびり走ってみました。

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道は地理オンチの僕でも迷わないほどわかりやすいし、大気汚染の度合いも上海よりよほどマシです。

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街中は、ほとんどフラット。でもそもそもこの町自体の標高が、2200m以上あるわけで。とはいえ7分/km程度の超のんびりペースだと、まったくといっていいほど空気の薄さは感じませんでした。

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歴史地区はしっとりとした街並みで、

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アメリカのカフェ、外食チェーンでさえ、けばけばしくない。

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ずいぶん庶民的なホテル・リッツもありました。登録商標の問題は、起きないのかな・・。

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「死者の日」の週末は、ホテルにさえこんなものが飾られてました。

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うちのホテルのロビーにも。日本のお盆に、ホテルのロビーに仏壇を飾るような感覚ですかね・・。キリスト教渡来以前の、より異教徒的なものを感じました。

ところでメキシコ訪問前に、「危ないから乗らない方がいいぞ」と、メキシコ人の知り合いから脅されていた地下鉄ですが、

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特に怖い目にも遭わず、5日間通うことができました。車内に物売りや大道芸人がひっきりなしにやってきて、なかなか面白かったです。パリのように、ただ物乞いをする人は皆無で、必ず何かを売るか、見せる。

一番びっくりしたのは、若い半裸のお兄ちゃんが床に突然ガラス瓶の破片をぶちまけ、後ろから走ってきてひっくり返って、背中をその破片に着地させるという「芸」・・。現地の人は見慣れてるのか、完全無視でした。

若い男の子同士がかなり濃厚なキスシーンを繰り広げてるのも、完全無視でしたね。

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おそらくパリの地下鉄を、システムごと移植したと思われるんですが、路線図はこんなイラスト入りのもの。字の読めない人が多いから、かなあ?


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2015年11月 2日 (月)

23年ぶりのメキシコGP、大盛況でした。

初めて訪れたメキシコ、治安が悪そうとかいろいろありますが、個人的には気に入りました。ぜひまた、旅行で訪れてみたいです。

1992年以来、23年ぶりに開催されたメキシコGPも大盛り上がり。レース自体はやや単調な展開でしたが、お客さんたちはすごく喜んでくれてたし(こちらは土曜日までの様子です)。

決勝当日のグリッド。

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美女たちに見とれて、

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満員の観客席とかを撮るのを、すっかり忘れてしまいました(≧∇≦)

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ちょっと不思議に思ったのは、メキシコシティの街中を歩いていて、

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もちろんこういう美女に簡単に遭遇するはずがないのはわかってるんですが、

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いわゆる白人自体を滅多に見ないんですよね。どういうことなんでしょうね。

あ、美女以外に、この人も撮ってた。

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スペインのフアン・カルロス国王。だいぶ足元がおぼつかなくなってました・・。

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2015年11月 1日 (日)

ホンダF1初勝利から、50年が経ったのですね。

ホンダがF1で初勝利を挙げたのは、今からちょうど50年前(!)の1965年10月24日、僕が今滞在中のメキシコシティのサーキットでした。

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戦時中、ジェットエンジンの開発に携わっていた中村良夫総監督が、標高2200mの高地に適した混合気を調整し、そんなノウハウを持たないライバルたちに勝利したというエピソードは、あまりにも有名です。

僕自身はあのレースで圧勝したイメージを漠然と持ってたんですが、改めて資料に当たってみると、そうでもないんですね。

まずポールポジションでは、なかった。ホンダのリッチー・ギンサーは、ロータスのジム・クラークからコンマ3秒落ちの3番手でした。

Th__20151101_92813そしてレースも、

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2位のダン・ガーニー(ブラバム)を、2秒89差で辛くも振り切ったという感じです。中村さんのノウハウがなかったら、おそらく勝利はおぼつかなかったんでしょうね。

(附記)当時の映像があったので、見てみました。スタート直後にガーニー、クラークをかわしてトップに立ち、それ以降はチェッカーまで首位を譲らず。その意味では、圧勝といっていいかもしれません。

当時の実況(録画を見ながらだったでしょうけど)、いい感じです。

あれから半世紀。

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もし中村さんが今も存命で、この地を再訪していたら、どんな感想を漏らしたことでしょう。

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晩年も毒舌ぶりは全然衰えてませんでしたから、F1の現状も含め、さぞ辛辣な言葉を吐いていただろうな〜。

優勝したあとに打った有名な電報「Veni,vidi,vici(来た、見た、勝った)」にしても、「本社の連中で、あの意味がわかる人間が誰もいなくてねえ」と、いかにも戦前の旧制高校、帝国大学を出た教養人らしい思い出話をしてくれたものです。即座に理解できる人の方が、むしろ希少なんですよ、中村さん。

そういう人だったから社内ではかなり浮いてしまってたんでしょうけど、ヨーロッパのあちこちをいっしょに巡りながら、中村さんと過ごした日々は、僕には至福の時間でした。

 

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