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2011年3月

2011年3月30日 (水)

『ラブミーテンダー(なに言ってんだー)』忌野清志郎

 歌詞は過激だけど(今となっては、そうでもないか)、この人がこの声で歌うと、すべてが透きとおって行く・・。

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こちらです。

"放射能はいらねえ、牛乳を飲みてぇ・・・"

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2011年3月29日 (火)

F1ドライバーたちの言葉のリレー。

 F1ドライバーたち全員の、日本語による震災被災者へのメッセージ、「言葉のリレー」が、YouTubeに上がってます。(こちら)

 写真で何人か紹介すると・・・。

1

 去年の世界チャンピオン、セバスチアン・ベッテル。

2

 日本と縁の深い、ジェンソン・バトン。

3

 震災の当日、真っ先に心のこもったコメントを発したフェルナンド・アロンソ。

5

 ヘルメットに喜んで「がんばろう、日本」のステッカーを貼ってくれた、ミハエル・シューマッハ。

4

 そして小林可夢偉も。

6

 彼らといっしょに、息の長い支援をして行きたいと、あらためて思いました。

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2011年3月27日 (日)

記念撮影。

 開幕戦恒例の記念撮影が、日曜日のレース直前に行われました。

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 普通なら、これで終わりなんですが、

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 今年は、特別にこれも。ありがたい(一応クリックして、拡大可能です。拡大する価値のある美形は、さほどいませんが・・)。

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 そしてドライバーたちはスタートラインの前に集合して、1分間の黙祷を捧げました。確か2001年の、アメリカ同時テロの犠牲者をイタリアGPで悼んで以来の、黙祷だったと思います。

 可夢偉の隣にいる異様に背の高い紳士は、メルボルンのあるビクトリア州の州知事(だと思う)。後ろの方に隠れてた可夢偉の腕を掴みながら、「もっと前に出なよ」と引っ張ってきたところです。

 可夢偉くん、直後のレースでせっかく8位入賞を果たしたのに、車両規程違反で失格になっちゃいました。

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2011年3月26日 (土)

シューミ〜!

 折原カメラマンがこころよく使用を許可してくれたので、転載します。

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 シューマッハの心意気が、うれしいね。

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2011年3月25日 (金)

『ガンバレ!日本』。

 今日(25日)、開幕戦オーストラリアGPの初日練習走行が行われたんですが、F1では今まで見たこともない光景が。

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 ほとんどすべてのチームが、クルマやドライバーのヘルメットに、被災者に向けての激励や祈りの言葉を貼ってくれたのです。F1村の人々が、ここまで足並みを揃えてひとつのメッセージを世界に発信するは、本当に稀有なことです。

ちなみにこのステッカーは、日本メディア有志製。

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 可夢偉の所属するザウバーは、独自のメッセージ。

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 フェラーリも自分とこで作った特大のを、相当目立つところに貼ってくれてました。

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 日本といろいろ縁のあるジェンソン・バトンは、ヘルメットに特製の「頑張れ日本」メッセージ。

 それから写真にとり損ねましたが、シューマッハもわれわれのステッカーを、ドーンとヘルメットの目立つところに貼ってました。

 有力チームでいっさい付けてないのは、レッドブルだけ。あそこは、空力命ですからね・・・。

 ドライバーたちはこのあと、TVカメラに向かって、日本語で激励メッセージをしゃべってました。チャリティオークションも、今後開くそうです。





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2011年3月24日 (木)

『がんばろう日本』F1募金。

 1年で一番遠い海外出稼ぎで、メルボルンに滞在中です。

 日本人有志が、F1パドックで募金活動を始めました。

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 日本の同僚たちが100均で募金箱になりそうな箱を10数コ買い集めて、運んできてくれました(これは靴箱用)。急いでこしらえたにしては、ステッカーもよくできてる。現地合流組の僕は大してできることもなく、箱を組み立てて、ポップを書いてという作業に徹しました。

 それからみんなで、承諾してくれたチームに募金箱を置きに行き。さて、どれほど集まるか。

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エリザベス・テイラー(と、沢尻エリカ)。

 「エリザベス・テイラー死去」と言っても、今の人には全然ピンと来ないかもしれません。僕もさすがに全盛期をリアルタイムで知ってるわけではないのですが、でも彼女の映画は結果的にはずいぶん観てるんだなあと。『若草物語』『ジャイアンツ』『熱いトタン屋根の猫』『去年の夏、突然に』『いそしぎ』、そしてもちろん『クレオパトラ』などなど。

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 うちにあるのは、このDVDだけ。この映画の彼女の、ちょっと狂気をはらんだ官能的な美しさは、本当に忘れがたいです。

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 10代の頃の可憐さ、20代以降の成熟した美貌と演技力。日本の女優では、沢尻エリカにその素質があると思うんだけど・・・。

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2011年3月22日 (火)

Clementineの、『天才BaquaBon』。

 今、日本ではこの人の『上を向いて歩こう(sukiyaki)』が被災者への応援ソングになってるみたいですが、個人的にはこれも捨てがたい。

Bakabon

サイトは、こちらです。

 他にも、『SazaeSan』、『Doraemon』、いろいろあるよ。


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2011年3月21日 (月)

シーベルトって、どんな意味だよ。

 一方こちらは、「シーベルト」(被曝量)をめぐる報道に、(笑いながらも、けっこうマジメに)疑問を呈しているサイトです。

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 いたずらに恐怖を煽るのも問題だし、危険を過小評価するのもいけない。正確な情報を与えてもらえないと、最低限の正しい判断ができないですよね。

 と、ここまで書いてからサイトを確認したら、何と削除されてました。「YouTubeの利用規約に違反したため、削除されました」と。具体的に利用規約のどこに違反したのか読んでみたんですが、よくわからない。映画の一部分の無断借用だから?ヒトラーを映してるから?内容自体は、不適切でも暴力的でもない、しごくまっとうな表現に終始していると思うんですが。残念です。

(ニコ動では、まだ大丈夫らしい・・・)

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2011年3月20日 (日)

おなかがいたくなった原発くん。

 ここ数日はやや沈静化してますが、フランスのTVでの原発事故報道はちょっとひどい。チェルノブイリとの違いもわかっていないどころか、原発と原爆を混同して、「最悪の場合、爆発する」と言っている解説さえありました。

 それですっかり恐怖心を抱いてしまった人たちには、このアニメを見てほしいです。すごくよくできてます。

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サイトは、こちらです。


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2011年3月18日 (金)

たまにはフランス映画だって、面白い。

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 といっても脚本・監督は、ルーマニア人ですが。

 ブレジネフ政権に楯突いて、ボリショイ劇場の清掃係を30年間やらされてる天才指揮者。救急車の運転手や日雇い労働者になってるかつての仲間を集めて、ニセのオーケストラを結成し、パリのシャトレ劇場に乗り込む・・・という話。

 単純なストーリーを、飽かせず最後まで見せてくれます。ロシア人役者がみんなよかったし、80年代のフランスの大スター、ミュウミュウが久しぶりに出てたのもうれしかったです。

 あ、邦題は、『オーケストラ』。iTuneでレンタルして、日本語字幕版を観ました。便利な世の中になったもんだ。



 

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2011年3月17日 (木)

かけがえのない、日本の山河。

 遠くで暮らしていると、よけいに日本の風景への憧憬が強くなります。

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 一日も早く、被災者の皆さんに穏やかな暮らしが戻りますように。




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2011年3月15日 (火)

鎮魂のミサ。

 今日、娘の通う小学校で、震災犠牲者を悼む全校生徒による1分間の黙とう、それから午後には校内の礼拝堂で、特別ミサが行われた。

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 ここに通う日本人の子供は、せいぜいクラスに一人か二人というところ。それでもこうして痛みを分かち合ってくれるのが、しみじみとありがたい。











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2011年3月11日 (金)

こんなこと、やってる場合じゃないんだけど・・。

 バルセロナは、F1開幕前の最後のテストの真っ最中。でも地震の被害の深刻さが明らかになってきた欧州時間の昼頃から、プレスルーム内のモニターでBBCワールドを特別に流し続けてくれた。平和の(能天気の?)象徴のようなF1マシンが疾走している脇で、津波や火災の映像が映されてる・・。

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 外人ジャーナリストやカメラマンたちからは、「家族や友人は無事か」とか、「被災者の無事を、心から祈ってます」とか、ひっきりなしに声をかけられた。それまでほとんど面識のない人も、そんなふうに言ってくれる。こういう心遣いは、本当にありがたい。ちょっと、ジンとなってしまいました。

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2011年3月10日 (木)

クビサの回復状況。

 現在バルセロナで、オフ最後のテスト中。今日(10日)、ルノーの専属医師チェッカレーリが、ロバート・クビサの回復状況について、会見しました。

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 世界チャンピオンも狙えるであろう、才能あるドライバーの話題なので、みんなの関心も高かったです。クビサは2月にイタリアのラリーに出場中、ガードレールが車内を貫通する大事故に遭い、右腕がほとんどちぎれかかる重傷を負いました。

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 「手術は成功し、今は右腕も手首も指も動かせる。回復は非常に順調だし、ロバート自身も1日も早い回復を熱望してる。ただし退院の時期は、今のところ未定だ。いつカムバックできるかも、今は言えないよ」。

 F1が本職だけど、ラリーで走るのも大好きという昔かたぎのドライバー。あの茫洋とした外見の、でもいったんクルマに乗るとハンパじゃなく速い彼の勇姿を、また見たいものです。




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2011年3月 9日 (水)

全校帽子コンテスト!

 娘の通う小学校の今の校長は、意欲的な催しを次々に打ち出す女性です。で、今度は何をやるのかと思ったら、「全校帽子コンテスト!」ですと。

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 「マルディグラ(謝肉祭の火曜日)」の朝、思い思いの手作りの帽子をかぶった子供たちが、中庭に集合。

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 そして父兄の見守る中、クラスごとにファッションショーよろしく披露して歩きます。

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 うちのは、エッフェル塔と凱旋門を飾ったとんがり帽子に、桜の花びらを散らしたデザイン。

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 スキー合宿の友、S家姉妹は同じ桜の意匠ながら、純日本風かつ実に華やかな帽子でした。材料はほとんどすべて、日本出張の折りにパパが100均で求めたものとか。とても、そうは見えません。

 コンテストなので、「優秀作、個性的な作品は表彰する」とのこと。フランス人父兄はそういわれると燃える人が多いのか、あっけにとられるような帽子が続々登場したのでした。
(続きます)



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2011年3月 8日 (火)

一足先に、地デジ完全移行!したの?してないの?

 3月7日の夜遅く、フランスのTVをぼんやり眺めていると・・、

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 「3月8日午前0時をもって、パリを含むイル・ド・フランス地方は、完全地デジ放送に移行しますよ〜」と、キャスターが呼びかけてました。画面左上には、「あと8分」のカウントダウンの表示が出てる。

 せっかくなので、歴史的瞬間に立ち合ってみるかと、眠いのをガマンしてTVの前に座り直しました。

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 「地デジ完全移行のために、エッフェル塔内では数カ月前から準備を進めていました」。  
 あと3分48秒。

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 ついに、午前0時1秒前。画面はどうなるのかと、ちょっとだけ固唾を呑んだんですが、な〜んにも変わらず。スタジオにいる人たちも、地デジのことはもはや話題にもしない。

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 きっとアナログ放送は、ひっそりと終了してるに違いない。そう思って切り替えてみましたが、いつものようなボンヤリした画像ながら、こっちも何事もなかったかのように放送が続いてる。「地デジ完全移行」って、いったい何が変わるわけ?





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2011年3月 7日 (月)

おっと、雛祭り。

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 写真のアップを、忘れておりました。




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2011年3月 6日 (日)

オリヴィエを偲んで。

 オリヴィエが亡くなって、もう1年以上が経ちます。僕のパリでの、お兄ちゃんのような人でした。

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 そんな折り、『デカルグ家の3世代』という展覧会が、彼の生まれ育ったフォントネ・オ・ローズ市で開催されました。祖父エチエンヌ、父ピエール、そして息子オリヴィエの作品を通して、3人の足跡をたどるもの。

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 エチエンヌ(左)は弁護士でしたが、水彩の風景画は日曜画家のレベルをはるかに超えていた人。ピエール(真ん中)は美術評論家として、イヴ・クランやポール・ビュリー、タンゲリなどの才能を発掘した人。そしてオリヴィエ(右)は、詩人、写真家でした。上の「99年8月11日の日食」の写真も、彼のです。

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 会場は部屋ごとに、3人の作品が展示してあります(中央はピエールの撮った、若き日のニキ・ド・サンファル)。

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 「ボリス・ビルデ通り6番地前で遊ぶ子供たち」。フランスに着いたばかりの僕も、この家の屋根裏部屋に2ヶ月ほど居候になりました。毎週末には、ピエールとカトリーヌ夫妻の招く、錚々たる顔ぶれの芸術家たちの夕食会を相伴し、半分も理解できない話をかしこまって聴き・・。もう、30年近く前の話です。

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 入院中のピエールも初日だけは顔を出し、昔のようなユーモアたっぷりのスピーチをしてました。

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 在りし日の、オリヴィエ。

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 そして、その孫たち。昔、僕がよくベビーシッターしていたオリヴィエの息子アレクサンドルが、フィンランド人女性と結婚。その子たちです。エチエンヌから数えると、5世代目だ。









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2011年3月 4日 (金)

バーレーンは「オキナワ」であり、「北方領土」である。

 政情不安のため、3月中旬のバーレーンGPが中止になりました。勧進元は「代わりに11月にやりたい」なんて言ってるけど、さてどうだろう。「もうTVでバーレーンのことが報じられてない(から大丈夫)」というほど、こちらは能天気になれない。個人的な感触としては、もうあそこでF1が開催されることはないんじゃないかという気もする。

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 これじゃ、F1どころじゃないよね。

 そんなふうに思っていた折り、ネットに面白い主張が出ていた。「日経ビジネス」オンライン版に連載されている「常識の源流探訪」というコラムの3月2日付『「北方領土」でもあり「オキナワ」でもあるバーレーン』という記事だ(こちらです)。

 思い切り要約すると、「バーレーンは全島の半分が米軍基地になっていて(オキナワ)、アメリカにとっての軍事的重要さは、リビアの比ではない。またバーレーンはイランに代表されるシーア派地域の中で、唯一スンニ派が政権を握っている飛び地である(北方領土)。これまたスンニ派の中東諸国にとっては、リビアなんかよりよほど政治的影響が大きい。日本人はこの地域のパワーバランスを冷静に見極めつつ、対処を誤るな」というもの(合ってるかな?)。

 筆者の伊東乾(いとう けん)氏は、東大で物理を修めてから、作曲家、指揮者になったという変わった人。いつも面白い視点で、文章を書いている。今回のバーレーンについてのコラムも、なるほどなと思わされた。もう10回近くバーレーンに通ってる僕たちは、今まで一体何を見ていたのだろうね。

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2011年3月 3日 (木)

高津は、エライ。

 しこしこと原稿を書いている傍らで週刊誌を読んでいた嫁が、「高津は、エライ」としきりに感心している。何事とのぞき込むと、プロ野球選手の高津臣吾のことだった。

 僕は世代的にほとんど馴染みがないのだけれど、その経歴だけでも、なかなか凄い人です。

 1990年にヤクルトからプロデビューし、長い下積みを経て、救援投手として高い評価を得る。そして36歳の時に、念願のメジャー挑戦を果たす。メジャーとマイナーを行ったり来たりした末の2年後、同僚だった古田が監督を務めるヤクルトに復帰。しかし古巣での2年間のことは「今でもあまり話したくない」と本人が言うほど、ツライものだったようだ。

 そして2008年に、メジャー再挑戦。今回は最初から、マイナー契約だった。しかし結果を残せずに、すぐに戦力外通告。すでに40歳に手が届きかけていたけれど、本人の現役続行の意思は固く、他球団の入団テストを受けるも、落ちてしまう。半年後に韓国球界に活躍の場を求め、好成績を挙げるものの、球団の方針から放出される。

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 2009年、なんと三度目のメジャー挑戦。サンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約。とはいえメジャーに上がることは今回もかなわず、翌年には台湾へ。13セーブを挙げるが、オフに契約打ち切りを告げられる。そして今年、独立リーグの新潟アルビレックスに入団。現在、42歳。単身赴任中。

 野球さえできれば、どこにでも行くという気迫が、経歴からだけでも伝わってきます。

 フリーの鑑(かがみ)だな・・。

 

 

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2011年3月 1日 (火)

カカト痛、ほぼ治ったかな。

 ものすごく久しぶりに、13km近く走りました。最初は、ゆっくり。少しずつ、ペースを上げて。先週、おそるおそる10km走った時は、1kmほどでカカトが痛みだし、身体が温まった3km過ぎぐらいから少しずつ楽になって行くパターンで、でも走り終わってカカトを触るとやっぱり痛くて、ちょっとクラくなったものでした。

 それが今日は、1km5分30秒ぐらいで走っても、全然問題なし。帰ってカカトを押しても、痛くない。

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 1月初めに発症して、最初は無理やり走り続けてました。でも2月15日に、激痛が走って4kmで引き返してからは、さすがに安静を心がけました。おかげで2月の月間距離は、21kmという始末。でも生来ナマケモノなのか、特に焦ったりもせず。前回バルセロナ出張にも、初めてシューズを持って行かず、毎晩飲んだくれてたし。

 さて来週のハーフマラソン、どうしようかな・・。


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