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2010年2月

2010年2月19日 (金)

ア然とするほど、雰囲気を変えてしまった(らしい)レストラン。

 長年、親しくさせてもらったY家がとうとう本帰国することになり、先日お別れ夕食会のようなものを開きました。

 場所はラジオ・フランスにほど近い、L'Acajou「アカジュー」というレストラン。高級家具材のマホガニーという意味です。ここを知っている奥様方は多く、料理も雰囲気もクラシックな感じという評判。ところが最近、内装を一新したという・・・。

P1090543 店に一歩入ると、メインダイニングはこんなモダンな感じ。雰囲気は決して悪くないけど、全員が強制的に相席です。一方、われわれは4夫婦8人だったので、特別に奥の個室を取ってもらいました。そこもかつては、店名のごとくマホガニーをふんだんに使った重厚な部屋だったそうですが・・。

Gngli 今はこんなふうに、真っ白。壁には、ヘルムート・ニュートンのヌードが掛かっている。これはこれでまったくいいのですが、ここまでコンセプトを変えるのもスゴイ。

P1090552 メニューが出てこないと思ったら、テーブルに置いてある長いペラペラの紙がそうでした。食前に、一首詠んでいるわけではありません。

 でもアラカルトのみの料理は、なかなか意欲的でした。

P1090554 僕が頼んだ前菜は、砂糖大根と人参のサラダ。両側の2本の塔は、パン・デピス(香辛料入りの甘〜いパン)とフォワグラです。

P1090559 嫁注文の、生フォワグラと野菜のポトフ。暗くておいしそうに見えないのが難ですが、横取りしすぎて恨みを買った一品。

P1090561 続いて嫁のメインは、子羊のフィレステーキ。下にトマトソースで煮込んだバスマチ米が敷いてあります。

P1090562 僕はド〜ンと、ロースステーキ。かなり巨大でしたが、またたく間に間食しました。

P1090571 デザート。見た目はどうってことないですが、ヴァシュランという濃厚チーズを混ぜ込んだ、バニラ、マンゴ、パッションフルーツのシャーベットです。

 ワインリストは、けっこう高めの設定なのが残念。安くて美味そうなロワールやラングドックのワインを、セッセと注文しました。

P1090548 心ばかりの、お餞別。去年のソーテルヌ旅行の際に買ってきた2005年のラフォリー・ペラギに、3家族の全員が寄せ書きをしました。2005年誕生のご長女が成人した時に、楽しんで下さいね。

 ちなみにY家は次女が2009年の生まれで、両方とも(今のところ)21世紀屈指の素晴らしいビンテージという、のんべえにはうらやましいご家庭なのでした。

 




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2010年2月16日 (火)

冬のヴァレンシアを走る。

毎日、寒い日が続きます・・。

P1090528 2月上旬は、数日間スペインのヴァレンシアにおりました。とはいえ郊外の高速道路沿いのホテルに滞在し、食事は裏のショッピングセンターにある食い放題中華という、殺風景な毎日でした。

 朝7時に起きて、ジョギング。南国スペインとは言え、かなり冷えます。

P1090533 このあたりには、頭にALと付く地名を、よく見かけます。アラブ人が長く住んでいた頃の名残でしょう。スペイン人は「アラブに侵略された」と言いますが、彼らの農業技術は非常に高く、その当時のイベリア半島は緑豊かな土地だったと、何かで読んだ覚えがあります。

 この日は、下の方のアルダイアという町まで足を伸ばしました。大体、片道7kmぐらい。

P1090534 陶器の町らしく、通り表示はこんなふうに、きれいな陶製です。フレミング博士は、ドラマ「JINー仁ー」にも出てきた、ペニシリンの発明者ですよね。

 ペニシリンのおかげで、ケガをした闘牛士の死亡率が劇的に下がり、その感謝の意を込めて、スペイン中の町には必ず、「フレミング博士通り」があると、これは確か「さもなくば喪服を」というノンフィクションに書いてあったような・・。

P1090535 コルテスは、アステカ文明を滅ぼした侵略者ですよね。でもスペインでは、英雄なんでしょう。

P1090536 これは誰だか、わかりませんでした。コルテスと同じ、コンキスタドールの一人なのか。

P1090538 ところで帰り道の畑の中にあった、某日本メーカーの広告。車名をよく見ると・・、

P1090538_2 違う名前になってる。Sportackも、本当はSportpackだったはず。ポスターを貼る人も、寒くてやってられなかったんでしょう。

 ラニエとは、俺のことかとランサー言い・・。

 






 

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2010年2月12日 (金)

マンデラ釈放20周年。

 2月11日。朝起きてニュースチャンネルをつけたら、ネルソン・マンデラの資料映像を流している。ああ、かなり高齢だし、最近は体調が思わしくなかったようだから、とうとう・・・と思ったけど、幸い違いました。27年間の獄中生活を終えて釈放されたのが、ちょうど20年前の1990年2月11日だったというわけです。

 何でもいいから、何かにかこつけて呑みたい人間としては、その晩は「マンデラ釈放20周年記念」と題して、1990年のポムロールを引っ張り出してきました。

Img_3702 1994年5月に、1本122フラン(2500円くらい)で、1ダース買ったと記録にありました。少なくともこの10年は呑んだ記憶がなく、あと何本残っているのかも不明。でも深いルビー色の液体からは、革の熟成香とともに完熟の赤い果実や、スパイシーな香りも。滑らかで凝縮された口当たりは、ただただ心地よく、シヴェ(豚肉をオリーブの実などといっしょに、赤ワインで煮込んだシチュー)との相性も抜群でした。

 ちなみに、このシチュー。自家製ではなく、近所のスーパーInnoの食料品売り場のものです。ちょっと塩が効いてるけど、美味しかった〜。

 ほろ酔い気分で、釈放されてから南ア大統領になるまでのドキュメンタリーを観る。デクラーク元大統領とか、デズモンド・ツツ大司教など、懐かしい人々も登場。そういえばあの頃は、毎日のように出てきた名前だった。ツツ大司教は、意外にもマンデラより10才以上も若く、元気いっぱい、かわいいジイサンでしたね。

 「マンデラの名もなき看守」という映画を観ると、釈放から大統領就任まで、すんなり行ったように描かれている。でも実は、根強く残るアパルトヘイト主義者や、身内のANC(アフリカ民族会議)との激烈な権力抗争に打ち勝って、大統領の座を得たんですね。知らなかった。

 デクラークが徳川慶喜としたら、マンデラは坂本龍馬と木戸孝允と西郷隆盛を合わせたような人物ではないかなどと、いい気持ちになりながら思ったのでした。

 

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2010年2月10日 (水)

また、雪だあ〜。

 きのう、今日と、2日続けて雪が降りました。

Img_3687 今年のパリは、よく雪に降られます。でもさっと止むから、そんなには積もらない。

Img_3684 それにしても、お向かいのお家。気がつくと、真冬でも窓を開けっ放しのこと多し。この日も、開いてました。留守じゃ、なさそう。よほど、暖房がよく効いてるのか・・・。

 来月にはハーフも迫っているし、そう休むわけにも行かず、完全防寒体制で走りに出かけました。いざ走り出すと、そんなに寒くない。気温はせいぜい、0℃ぐらいというところ。久しぶりに国立図書館までの往復、約20kmをのんびり走ってきました。

Img_3693 帰りにはほぼ止んで、道路の雪は解け始めてました。うちのオリーブは、凍えてたけどね。

 


 

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2010年2月 8日 (月)

『インビクタス』に、素直に感動する。

 しばらく留守していて、更新をサボってしまいました…。

 少し落ち着いたので、映画館へ。パリではもうしばらく前から上映している、『インビクタスー負けざる者たちー』です。

P1090573

 地下にある、こぢんまりとした上映館。

 あまり期待せずに行ったのですが、いや・・・よかったです。後半のワールドカップでの盛り上がりもさることながら、何よりマンデラの強烈な魅力に、導入部から魅せられてしまいます。

 27年間の投獄生活を終え、大統領に就任したマンデラが、ラグビーを南アフリカ統一のシンボルにしようとする。でもこの国ではラグビーは白人のスポーツで、黒人は最初は見向きもしない。それをマンデラが信念を持って、粘り強く説得して行く。そして絶対不利といわれていたこのチーム「スプリングボックス」はどんどん勝ち進み、ついには決勝戦でオールブラックスを下して優勝してしまうという話。

 実話を基にしたとはいえ、もちろん美化した部分や事実と異なるところもあるだろうし、その意味ではおとぎ話のような物語ではある。でも心地よくダマしてくれるから、「ああ、映画を観た」という気分になれる。このあたりが、「アバター」と決定的に違うところかな・・・。

 それにしても、クリント・イーストウッド(79歳)、モーガン・フリーマン(72歳)、ネルソン・マンデラ(91歳)の、じじいパワーは凄いです。

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