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2008年3月

2008年3月31日 (月)

大人も子供も、ホッ。

 この週末はAみん先生宅で、子供たちのピアノ発表会があった。2005年から始まって、今年が4回目。ほとんど駐在員家族の方々なので、3年前後で帰国してしまう(あるいは別の国に転勤。これを駐在員用語で「横移動」という)。そのため初回からの出席者は、いつの間にかうちだけになってしまった。

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 今回は今までで最多、8人の子供が演奏を披露した。7家族の父兄が詰めかけ、観客は20数名の大盛況だった。

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 いつもははしゃぎまくってる子供たちが、演奏前はカチンコチンになっている。でも親は、もっと緊張してるかも。

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 今年はバイオリン留学中のKくんが参加したり、Aみん先生のオットがオーボエ初披露したりと、内容も濃かった。最後は先生がリストの「愛の夢」をしっとり弾いて、めでたく終了。そのあとは各家族持ち寄りのお酒やおつまみやお菓子で、懇親会になだれ込む。

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 みなさん、相当に凝った手作りのケーキやデザートを持って来てくれて、ついシャンペンが進んでしまう。

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 その後、階下のK氏宅へ。数々の手料理に加えて、秘蔵の森伊蔵まで出していただき、恐縮する。

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 この日からヨーロッパは夏時間となり、日没は一気に9時頃までずれ込む。でもさすがに帰る時には、もうすっかり夜になっていた。雨も上がって、よかった、よかった。






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2008年3月30日 (日)

ワイン市といえば、このサンドイッチ。

 2週間ぶりのパリは、雨が降ったり止んだり、そうかと思うとカーッと日が照ったりという、きわめて不安定な天気が続いている。

 雨の合間を縫って、春のワイン見本市に出かけた。

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 11月に行った秋のワイン市よりはこじんまりとした会場で、出品されているワインも全体的に価格帯が低い印象だ。

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 そうはいっても、会場入り口でワイングラスを渡されると、ついニンマリ。さあ、いっちょ行くかという気になる。初日の午前10時では、さすがにまだ入場者はまばらにしかいない。

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 こんなのが置ける地下室付きの家、いいな・・。

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 秋に比べると、注いでくれる量が少ないように感じるのは、気のせいか、ひがみか。でもどうせ全部飲んでたら酔っぱらってしまうので、少なくても全然かまわない。

 今回は、ムーラン・ア・ヴァンやモルゴン、フルーリといったボジョレーの村名ワインを片っ端から試飲してみる。でもなかなか、これはというものには行き当たらない。そうこうしているうちに昼近くになり、お腹に何か入れたくなった。会場の隅にある屋台に直行する。

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 そういう時は、これしかない。フォアグラのサンドイッチ。

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 ガチョウとカモと、2種類のフォアグラの中から、ガチョウの方を奮発。ひとつ7ユーロ(約1100円)と、サンドイッチにしてはけっこうな値段だ。でも中にはフォアグラの分厚い固まりが、どかんどかんと景気よく挟んである。これにピクルスを好きなだけ差し込んで、食らいつく。そのままソーテルヌかシャンパーニュのブースに行って試飲させてもらえば、こんなに贅沢な昼食はない。

 この日は結局、ジュラ地方の名物ワインアルボワ・ピュピランの、シャルドネ2005年を買うという、ちょっと変則的な選択になった。最初はヴァン・ジョーヌにするつもりだったのだが、試飲してみたこのワインの、ブルゴーニュの白に決して負けない深みと、蜜の長い余韻にノックアウトされてしまったのだった。

 



 

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2008年3月28日 (金)

マレーシアを、(ちょとだけ)走る。

 マレーシア滞在も、今日が最後。うす暗いうちから起き出し、窓下に広がるゴルフ場へと走りに行く。

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 この日までに二度コースを走ったが、いずれも1時間も走り続けられず、途中で何度も歩いてしまった。ゴルフ場だけにアップダウンは確かにきついけれど、気温はせいぜい30℃ぐらいで、灼熱というわけではない。心拍数もそんなに高く上がらないのに、しんどくなって走り続けられない。あとで専門家に聞いたら、湿気が高いと体内の熱が排出されずに、オーバーヒート状態になってしまうとのことだった。

 それで今朝は水を携行し、気合いを入れて出発した。ところが15分ほど走ったところで、バイクに乗った見回りのオジサンに、「もうラウンドが始まったから、ほら、戻った、戻った」と追い返されてしまう。残念だったけど、今まで2回、注意もされずに走れた方が不思議なくらいだったから、ま、いいか。

 仕方がないので、プールへ。

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 リゾートホテルなのに、なぜか50m8コースの堂々たるプールである。向こう岸が、遠いこと。数往復が、せいいっぱい。

 それから昼メシを食べようと、クルマで10分ほどの町まで出かける。

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 入った店は、東南アジア全般料理といった風情。作る人=インド人、食べる人=中国人という図式は、初日に行った「ハッサンの店」と同じだ。見本写真を見て、ナシ・ゴレンを注文する。

 ついでに厨房をのぞいて、写真を撮らせてもらう。

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 照れながらも、けっこう手際がいい。

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 一見、どうってことのないマレーシア風焼き飯なのだが、中に骨付きインド風タンドーリチキンが入っているという、民族融和的一品。炒飯のパラパラ加減も、文句なし。下手なフレンチよりお皿のセンスがいいのも、気に入った。これで5リンギ(150円)。

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 外に出ると屋台があって、おやつの揚物とか、きんきんに冷やした果物を一口大に切って、ビニール袋に入れて売ってくれる。僕はマンゴを買って、歩きながらいただいた。ずっしり重いのが、2リンギ(60円)だった。近所にはセブンイレブンやDVD屋もあるし、これなら十分暮らせるな。

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 レンタカーも、なんとか保ってくれたし。走行距離580kmで給油2回と、年よりのわりにずいぶん食欲旺盛だったけど、大雨の中でワイパーも壊れず、すり減ったタイヤで頑張ってた。

 引き取りに来たレンタカー屋のインド人のオジサンに、「来年も、どうだ」って言われた時、即座に断らなかった僕。もしかして、愛着が湧き始めてる?来年再会した時は、35万kmぐらいになってるんだろうな・・。



 


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2008年3月26日 (水)

通い続けて、もう10年目なんだ・・。

 マレーシアに年に一度来るようになって、数えてみたら今年が10年目だった。毎回1週間ほどしかいないし、ほとんど仕事場とホテルの往復なので、この国のことは知らないに等しい。でもただひとつ、来れば必ず通うレストランがある。

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 国際空港近くのセパンという町にある、中華料理屋。写真に撮って改めて気がついたけど、「来来軒」みたいな名前だったのですね。最初に来た頃は、こんな看板すらなかった。

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 夜11時を過ぎても、こんなふうににぎわっている。僕たちのような不規則仕事人には、すごくありがたい。

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 この店の、看板娘。10年前は、まだ高校生だった。彼女については、のちほど触れるとして・・。

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 なにぶん、ものすごく庶民的な店なので、器はすべてプラスチック製だ。箸やスプーンは、熱湯の中に入れて運ばれてくる。一応、滅菌してます、という意思表示。そんなに気を使ってくれなくても、客たちはみんなビールで消毒してるし、お腹をこわしそうな繊細そうな人はいない。この定番の炒飯は、1人前6リンギ(180円)。

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 中華風にゅうめん。海老、魚肉の練り物、中国野菜などがドッサリ入って、スープはごくあっさりとした海鮮ダシで取ってある。これに、後方に見えてる生ニンニクの刻んだのを入れて、ハフハフ言って汗を流しながら食べる。これは4リンギ(120円)。

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 手前は、この店に来ると何はおいてもまず注文する、中華風湯豆腐。日本の1丁よりかなり大振りな豆腐まるごとの上に、ネギ、エシャロット、ニンニクをざくざく切って、カキ油ソースを掛けただけのものだが、豆腐の濃厚な味が素晴らしい。これはちょっと高くて、8リンギ(240円)。

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 豆腐料理には他に、豚ひき肉あんかけソースを掛けたものとか、揚げ出し豆腐のオムレツ(!)もある。

 さてさっきの看板娘だが、ある年に再会すると、恥ずかしそうに旦那さんを紹介してくれ、その後、女の子、さらに男の子という具合に、次々に家族が増えて行った。

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 昼に来ると、店のテーブルで娘が宿題していたり、息子が走り回ったりしているのだが、今夜はご夫婦だけ。照れながら、カメラに収まってくれた。お幸せに。来年も来ますよ〜。

 


 



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2008年3月24日 (月)

マレーシアの多民族メシ。

 マレーシアは、多民族国家である。だいたいマレー系6割、中華系3割、インド系1割ということだ。そして国教はイスラム教だが、中華料理屋ではさいわい豚肉を食べることができる。一方ホテルの日本レストランでは、カツ丼は鳥肉だったけど、ビールは出してくれるというふうに、なんだか首尾一貫していない。

 短い滞在の見聞きだけだが、職業による民族的な片寄りもけっこうある印象だった。たとえばタクシーの運転手はほとんどインド人ぽいし、商店は中国系の人が多い感じ。あくまで僕の見た範囲だけど。

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 ホテルからクルマで10分ほどのところにある、小ぶりな商店街を探索する。

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 中国人経営の果物屋。マンゴが3kgで10リンギ(約300円)というのは、さすがに安い。

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 これは、何という果物でしたっけ?

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 昼メシは、ここに決めた。「ハッサンの店」という、いかにもイスラム風な名前。

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 店内に入ると、あちこちで盛大に霧が吹き出していて、けっこう涼しい。

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 その秘密は、扇風機の先に霧吹きが付いてるから。冷房の苦手な僕には、エアコンよりこっちの方がずっと快適だ。

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 従業員は全員インド系で、料理もほぼカレーっぽいものがメイン。でも中にはナシゴレン(マレーシア風炒飯)みたいなのもある、そして客のほとんどは、中国系だった。

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 カレーは、これだけの種類から選べる。でもメニューを読んでもわからないので、指差し注文となる。

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 僕の選んだのは、マトンカレーに玉ねぎサラダと菜の花の油炒めが同居したもの。カレーは、ソース自体はサラッとしているが、コクがあっておいしい。そんなに、辛くない。炒め物は、中華風の味付けだった。ミネラルウォーターがついて、これで6リンギ(180円)。

 食事がおいしくて安いところが、なんといってもマレーシアの魅力のひとつである。でもホテルに帰るのに、15リンギもタクシー代を使ってしまって自責の念に陥る。といっても、わずか450円ではあるのだけど、往復で30リンギ。食事代の5倍のお金をタクシーに使い、飯を食いにいったことになるからなあ・・。



 

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2008年3月23日 (日)

世界中が、どしゃ降り?

 僕がマレーシアにいる間、留守宅のあるパリはひどい天気が続いているらしい。昨日は、こんな写真を送ってきた。

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 雪が積もったように見えるのは、雹(ひょう)である。その上強風でオリーブの植木が倒れ、そのままズズズっと動いているところ。助けに行こうにも、これだけ激しく雹に降られると、窓も開けられない。むなしく嫁は、シャッターを押すのみであった。

 一方こちらは、マレーシア。

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 のどかにゆらゆらと、日の出とともにあちこちで水蒸気が立ちのぼりつつ、風景が明るくなっていく。雲は多いけど、雨は降りそうもない。少なくとも、この朝の時点では。

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 ところが夜10時過ぎ、そろそろ仕事が片づくかなという頃になって、雷を伴うものすごいスコールがやって来た。すぐに止むだろうと待っていても、いっこうに雨足は弱くならない。え〜、この状態で、あの30万kmミシミシ、ガタピシレンタカーで、50kmの道のりを走って、ホテルに戻らないといけないの?

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 でもいつまでも待っているわけにもいかず、豪雨の中を老馬ロシナンテとともに、突っ込んで行ったのだった。ワイパー、最後まで動いてくれるかな・・。

 



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2008年3月21日 (金)

手に汗握るゾ、マレーシアのレンタカー。

 マレーシアでは、リゾートホテルなるものに滞在した。

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 部屋からは眼下にゴルフコースが広がっているけれど、もう10年以上もゴルフをしてない僕にとっては、猫に小判、カメレオンに・・なんだろ。昆虫図鑑とか。

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 ロビーはこんな風に開放的な空間で、吹き渡る風が気持ちいい。建物の中で震え上がるほど冷房を効かせるのが普通のマレーシアにしては、めずらしいもてなしだ。ところで、天井から斜めにぶら下がっている物体が見えるだろうか。

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 特大のウチワである。人の背丈ぐらいは、ありそう。それがユラユラと揺れて、実際に風はこないけど視覚的に涼しい。これを見ると、故景山民夫のエッセイを思い出す。ムンバイだかの空港の待合室にこのウチワがぶら下がってて、ふと隣に行ったら特大の部屋がある。そこでは天井から下がっているロープをつかんだインド人たちが、一心不乱にこっちからあっちまで走り続けて、うちわを動かしていた・・。このホテルのは、残念ながら電動みたい。

 と、ホテル自体は快適なのだが、歩いて行けるところには商店も食堂も何もない。初日はバスやタクシーで近くの食堂街に行ったりしたけど、どうにも不便。そこで予定より1日早く、レンタカーを借りることにした。

 フロントに頼むと、「今はすごく混んでる時期で、見つけるのが大変」と言っていたが、何とか探し出してくれた。

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 それが、このマレーシア製プロトン。「ちょっと古いけど、その分少しお安くしておきます」と、言ってくれた。ラッキー。外観は、あちこち凹んだりしているが、特に古い感じはない。しかし運転席に乗り込んで、あることに気がついた。

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 距離計である。「3万kmかあ。レンタカーにしては、確かにちょっと乗り込んでるかな」と思って、もう一度見直すと、な、なんと0がひとつ多かった。30万kmを超えている(!)。

 とりあえず発進。一応動くが、すごい振動である。信号待ちで停止している時など、あまりに揺れるのでギアをDのままにはしておけないほどだ。さらに時速100kmを超えると、メリメリ、シャリシャリ、プチプチと、あっちこっちで盛大にいろんな音がする。走るたびに、その音がいっそう大きくなって行くような気が・・。

 ちょっとアクセルを緩めると、ガクンとそのまま息絶えるかのように減速することもあって、目的地に着く頃には手の平にびっしょり汗をかいている。こんなにエンジンやら、いろんな部分の音に耳を澄ませながら運転するのは、久しぶりだ。

 今朝は出て行こうとした時、窓ガラスの結露がひどく、助手席側のパワーウィンドーを開けたら、そのまま閉まらなくなった!この国は毎日夕方、かなりのスコールがある。助手席側だったのは、不幸中の幸いかも、などと詰まらないことを思っているうちに、奇跡的に閉まってくれた。

 そういえば昔々、シトロエンZXで土砂降りの高速道路を走っている時、突然ワイパーが動かなくなったこともあったっけ。あの時は窓を開けて身を乗り出し、前方を確認しながら走り続けた。われながら、ほとんどキートンの無声映画みたいだった。

 

 日曜夜まで、毎日往復100kmの道のりを、あと3往復。持つかなあ・・。高速道路に転々と放置されている故障車を見るにつけ(10kmに1台ぐらいは遭遇する感じ)、明日は我が身とゾッとする。燃費もものすごく悪く、あっという間にメーターの針が下がって行く。昨日、200kmを走ったところで早くも4分の3以上なくなったので、ガソリンスタンドで2度目の満タンにした。

秋の日と、プロトンの燃料計は、つるべ落とし・・。





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2008年3月20日 (木)

メルボルンのチャイナタウン

 メルボルンの中心部には、かなり大きな中華街がある。なんでも19世紀中ごろ、ゴールドラッシュに沸いたメルボルンに中国人が香港経由で大勢押し寄せ、そのまま住み着いたのが始まりなんだそうな。

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 こういう門が建ってるそばに・・、

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 中国人のための教会もある。この写真を撮った月曜朝は、ほとんど人影もなくひっそりしていたけれど、夜ともなればこのあたりは、ネオンきらめく大レストラン街に変貌する。

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 その一角、ここ数年メルボルンに来るたびに、通っている中華料理屋です。どの地方の料理なのか、パリではあまり食べられない中華が味わえる。

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 たとえば左の、豚の角煮。中国名だと、「梅菜なんとか」と書いてある。梅菜って何だろうと思ったのだが、角煮の下に敷いてあるのはチンゲンサイだった。色はどぎついけど、意外にあっさりしたタレで、分厚い角煮が5枚も6枚も載ってることなどモノともせずも、完食できる。

 右は今回初めて頼んだ餃子。中味はなんと、鶏のひき肉である。この町はイスラム教徒も多いのか、中華でも牛や鶏は多いのに、豚料理は少ない。しかも値段は、牛より高い。鶏の餃子ねえ・・?と半信半疑で口に入れたわれわれは、次の瞬間、「あ、うまい」と2皿目を注文していた。

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 この皮蛋(ピータン)粥も、へろへろになった身体に沁みる温かさ。後ろのVBというのはメルボルンのあるヴィクトリア州を代表するビールで(Victorian Beer)、東欧のビールっぽい素朴な味わいだった。

 さあ明日からは、アジア混沌飯のマレーシアに向かうゾ。

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 オーストラリアに来て、ついにカンガルーに遭遇した。ちゃんとピョンピョン、跳ぶんだから・・。



 


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2008年3月19日 (水)

ミシュRUNの三つ星を走る。

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 日陰で見えにくいのですが、右側の黄土色の建物が、ここ数年の定宿になっているヴィクトリア・ホテル。創業120年で、戦前は「メルボルン最大のホテル」だったらしい。今は下から数えた方が、早そうだ。

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 ほぼ同じ位置から撮った、昔の写真。クルマや服装からすると、1950年代後半だろうか。当時はまだ、空がぽっかりと空いている。

 この交差点を左に折れて下って行くと、すぐに市内を流れるヤラ川にぶつかる。

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橋を渡れば、川沿いに延々とジョギングコースが伸びている。

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 南半球はこれから秋を迎えるところで、朝のうちはこんなふうに、うろこ雲のような雲が広がる。でもこの週末、日中は40℃を超えていて、しかも南極が近くてオゾン層が破壊されてるからか、ちょっと日なたにいるだけで、チリチリと肌が焼け焦げた。この早朝の涼しそうな風景からは、そんな感じは想像できないかもしれないけど。

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 都会のど真ん中にあるのが信じられないほど、川沿いは緑が多い。そよ風に吹かれながら水辺を走っていると、どこまでも走れそうな気がしてくる。すれ違う人々も、いかにもオージーらしく、人懐っこい笑顔を返してくる。自分で勝手に格付けしてる「ミシュRUNガイド」では、間違いなく3つ星である。

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 丘の上には、こんな絵に描いたような一軒家も建っている。

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 コンクリートで固めてない岸辺は、落ち着きます。


 

 


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2008年3月18日 (火)

広角レンズは、七難隠す。

 日常使いのコンパクトなデジカメにも、25mmという広角レンズ搭載のモデルが出た。日本の知人に頼んで、買ってきてもらう。で、どんな風に写るかというと・・。

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 たとえば、こんな感じ。画面に広がりが出てるのが、よくわかる。

 今までの35mmと2台で、同じ場所を撮って比較してみると・・。

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 上が35mmで、下が25mm。一目瞭然。狭い場所だと下がれずに、全体を撮り切れないことがしょっ中だったので、これはうれしい。

 ただし広く写るからと言って広角ばかり使ってると、写真にメリハリがなくなってしまう。上の2枚にしても、下の写真はちょっと間延びした感じがする。個人的な好みで言えば、上の方が好きかも。それにしてもメーカーが違うと、色味もずいぶん違うものです。

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 小さいレンズの広角なので、周辺のゆがみも激しい。でもそういうことに気をつければ、すごく使いやすい。それから他の機能も、ずいぶん進化している。

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 たとえばこういう、手前に真っ白のテーブルクロス、奥が夜景という構図は、カメラには一番苦手な状況だ。普通は手前に絞りが合って、夜景は黒くつぶれてしまう。でもこのカメラは露出補正の頭が良くて、テーブルの上も夜景もそれなりに撮ってくれる。

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 窓際まで寄って行って、夜景だけを切り取る。手持ちなのに(しかも片手で)、ほとんどブレてない。しかも拡大してみても、夜の闇の部分もそんなにザラついてない。全部オート機能で、何もいじらずにこれだけ撮れると、写真がうまくなったように錯覚してしまう。気に入りました。

 上の写真はすべて、オーストラリア・メルボルンの風景です。今年も国際出稼ぎが、始まりました。

 




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2008年3月16日 (日)

グッゲンハイムの秘かな愉しみ。

 グッゲンハイム美術館の2階にあるレストラン。手前はカフェテリアになっていて、その奥にひっそりとあるのでわかりにくい。僕たちもガイドブックで存在を知らなかったら、行っていなかったと思う。

 スペインへの出発前に、メールで予約を依頼する。しかし「その日は満席。カフェテリアで食事なさい」というつれない返事が返ってきた。それでもあきらめきれず、昼前に直接頼んだらあっさりOKが出た。店が開く1時半まで美術館横の公園で遊んでから、いざ入場。すでにカフェテリアはごった返しているが、奥はガラガラである。

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 内装はこんな感じの、ごく簡素なものだ(でもこの椅子もフランク・ゲーリーのデザインであると嫁が後から教えてくれたので、付け加えておきます)。

 スペイン・バスク料理の三つ星シェフ、マルチン・ベラサテギの開いた店だという。3年前にサンセバスチアンの店で食事をして、忘れられない思い出となった。今回は、その再現を期待したわけである。ただしこの店はベラサテギ自身ではなく、20代の若い弟子に任せたものという(名前がどうしても、思い出せない)。

 「センセーション」と名付けられたコースメニューを注文する。

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 まず出てきたつき出しは、パプリカソースの上にフレンチフライが2本だけ、ちょこんと載っているもの(よそのテーブルを見てたら、時々3本のってる幸運な客もいた)。シンプル過ぎないだろうか。でも、おいしい。

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 そして一皿目は、ほぼ生のジャガイモをサイの目に切ったものが運ばれ、そこへこれまた生の(!)グリーンピースソースがその場で注がれる。この日はその後の料理も、何度も何度も、「何かを注ぐ」という儀式が繰り返された。

 最近のフレンチは、ムースとかスフレとか、やたらと泡っぽいものを出す店がある。これを「泡系レストラン」とすれば、ここは「注ぎ系レストラン」と名付けることにしよう。

 豆の苦手な嫁は、この料理に目を白黒させていたが、ジャガイモのしゃきしゃき感と強烈な青臭さが、なぜか絶妙に調和する一品だった。この一皿目で、若きシェフのただ者でなさが、十分に実感できた。

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 二皿目も、もちろん「注ぎ」である。ドングリだけを食って育ったイベリコ豚の生ハムをローストした上に、カリフラワーのメレンゲが載っている。そしてそこに、シェリーっぽい風味のワインベースのソースが注がれる。

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 そして三皿目。見ただけでは、何だかよくわからない。ローストしたトマトでできた器の中に、フレッシュクリームで和えたちびイカが詰まっている。そして下には、イカ墨のリゾットが敷かれている。

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 開けてみると、こんな感じ。このお皿は、「注ぎ」はお休み。

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 四皿目は、子牛のコンフィ。ぱりぱりと香ばしく揚がった肉に、ニンニクとオニオンを効かせたソースが注がれる。ここまで豚、イカ、牛と続いても、少しも重くもたれない。

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 ワインはフルボトルは無理なので、500mlを注文。出してきてくれたのは、タンポポの花の描かれたRODAという2003年の赤ワインだった。一口含んで、その滑らかさ、エレガントな複雑さに驚かされた。リオハといえば、重厚が過ぎて、ちょっと野暮ったいという偏見があったが、これはまったく別次元のワインだった。

 ネットで調べてみると、すでに日本では知る人ぞ知るスペインワインらしい。ロトランさんとダウレラさんという夫婦の造り手で、二人の名前を取って、「ロダ」にしたという。

 タンポポをあしらっているのは、明らかに自然派ワインを標榜しているのだろう。本来は重厚なRODA1(ウノ)と、洗練されたRODA2(ドス)とに分かれてるらしい。飲んだのは、そのどちらの表示もなかった。ただ、ここのRESERVA(レゼルヴァ 1年以上樽熟成されたスペインワイン)は、100年以上の古木の葡萄から作られてるということなので、この複雑精妙さは、そこからも来ているのだろう。ぜひ欲しい、と思わせるスペインワインだった。

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 最後のデザートは、「ベークド・アップルのニョッキ(イタリア風団子)」とある。どんなものが出て来るのかと思ったら、これ。ニョッキというより、ゼリーのよう。真ん中は、シナモンアイスクリーム。そしてチェダーチーズのソース。これは、とろけました。争うように、完食。

 この若いシェフ(まだ名前が出てこない)は、のびのびと自分の独創性を追求し、しかもそれが独善に陥っていない。ロブションのような老成した手練れもいいけれど、驚きがない。こちらの期待を、超えることもない。料理はやっぱり、「え、これは何?」「次は、何が出て来る?」「う〜ん、おいしい」というワクワク感がないとね。

 美術館とレストラン。このふたつのためだけに、ビルバオを訪れる価値は十分にある。そう思いつつ、北スペインの旅を締めくくりました。

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2008年3月14日 (金)

ビルバオといえば、グッゲンハイムだよね。

 建築ネタが続きますが・・。

 北スペインを旅行する機会があったら、ぜひグッゲンハイム美術館を訪れたいと思っていた。

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 レオン方面から北上し、ネルビオン川に架かる吊り橋を渡って、ビルバオの町に入る。すると渡っている最中に、この建物が出現する。橋を上りきって、これから下ろうという時、眼下に、本当に突如という感じで見えて来る。

 写真や映画だと、燃えるような金色に輝いている印象があった。でも実物はプラチナ色というか、全体的に白っぽい金属板で覆われている。ネットで見ると、チタン製だそうな(美術館の紹介サイトは、こちら)。できてから10年が経つのに、まったく古びた風がないのは、そのためだろうか。

 設計者のフランク・ゲーリーは、自動車や飛行機設計にも使われるソフトCADを駆使して、この作品を作ったということだ。

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 正面に回ると、こんな感じ。建物もさることながら、手前のぬいぐるみ風の犬にも視線が行ってしまう。

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 ジェフ・クーンズ作「パピー(子犬)」という、れっきとしたゲージュツである。

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 表面は、びっしり花が咲き乱れている。今の時期は、三色スミレだった。

 そして美術館裏側には・・。

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 巨大グモの彫刻がある。六本木ヒルズにも展示されているので、見た人も多いと思う。このサイトを見るまでまったく知らなかったのだが、作者はルイーズ・ブルジョワというフランス人女性で、なかなか劇的な生い立ちと作風の人である。

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「ママン(お母さん)」というタイトル。お腹に大理石の卵を抱えている、メス蜘蛛である。

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 内部では、「シュールレアリズム」展が開かれていた。それも十分に、見ごたえのある展覧会だった。でもやっぱり、建物自体の印象の方が、はるかに強烈である。どの角度から見ても、見飽きない。今度はぜひ、夕焼けや照明に浮かび上がる様を見てみたい。


 



 

 

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2008年3月12日 (水)

奮発して、パラドール。(その2)

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 これが、そのレオンのパラドール「サン・マルコス」。かつては、修道院だった。

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 大航海時代、世界中に所有していた植民地からかき集めた富の片鱗が窺われるファサード。修道院だったら、もうちょっと質素にしたらと言いたくなるぐらい。

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エントランス。

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中庭。

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修道僧たちが、黙想しながら歩いたであろう回廊。

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礼拝堂も、そのままの形で残っている。

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部屋はこんな感じで、めちゃくちゃ広いわけではない。

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 その代わりというか、朝食は豪華だった。それまでの安宿、安食事の鬱憤を晴らすかのように、3人ともよく食べること。こういう時こそ、もっと優雅に振舞わないとね。でも優雅どころか、生ハムとチーズをパンにはさんで、昼食分も作ってしまったのだった・・。

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 今回、旅のお供をしてくれた、スペイン・セアット社のレオン。偶然ながら、レオンに乗って、レオンに来た。

 司馬遼太郎が「南蛮のみち」で書いていたように、スペインは世界中の富を集めながら、それを元手に産業を興すことなく、浪費し尽くし、国は衰えて行った。セアット社も、かつてはイタリアのフィアット、今はドイツ・フォルクスワーゲンの子会社であり、このクルマも、中味はゴルフである。自動車に限らず、スペインの自前メーカーで有名なものを探しても、なかなか思いつかない。ものをコツコツ作るより、基本的には狩猟民族なのかもしれない。

 とはいえ、おいしいワインと食べ物と、これだけの観光資源と、多くの芸術家を生んだことで、良しとするべきなのかも。



 




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2008年3月11日 (火)

奮発して、パラドール。

 スペインを旅行する楽しみのひとつに、「パラドール巡り」がある。

 正式にはパラドール・ナシオナルParador Nacional。国営の宿泊施設である。日本で言えば、国民宿舎みたいなものか。でもこちらは古い修道院や貴族の館を改修してホテルにしているので、部屋は広いし、家具調度は豪華だし、実に快適である。

 それでも10年ほど前までは、1泊1万円〜1万5千円ぐらいで泊まれて、十分に割安感があった。ところが最近はユーロ高もあって、円換算すると2倍以上に高騰。とても気軽に泊まれる宿では、なくなってしまった。

 たとえばこのサンチャゴの大聖堂横にあるパラドール。

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 かつては巡礼者のための病院兼宿泊所だったもので、スペイン国内に2つだけある5つ星のパラドールのひとつである。

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 高くてとても泊まれないので、カフェテリアでお茶するだけにした。

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 一方こちらは、「スペインでもっとも美しい村」に選ばれているらしいサンチリャーナ・デル・マーレにあるパラドール(左側の建物)。これはやや庶民的な料金でぜひ泊まりたかったが、残念ながら予約がいっぱいだった。

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 しょうがないので、中を見物し、やはりカフェテリアに入り、イカフライとコロッケの軽食でガマンする。

 でもせっかく来たんだからと、1泊だけ奮発することを決断した(嫁が)。選んだのは、レオンのパラドール。サンチャゴと並ぶ、最上級5つ星である。ここも普通はなかなか空き部屋がないらしいのだが、こういう時に限って、すんなりと予約できてしまった。

(続きは、次回です)


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 レオン市内サン・イシドロ教会の天井に描かれた、ロマネスク時代のフレスコ画。素晴らしい、の一語でした。(拡大可能)

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 もう1枚オマケ。中央の梁にあるのは、1月から12月までの農民の営みを描いたもの。素朴なタッチが、最高です。月ごとに陶製のレプリカを売ってたので、6月をお土産に買いました。

 





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2008年3月10日 (月)

ガウディの家。

 今回の旅行では、ガウディの作品をふたつ見た。

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 これは、カスチーリャ・レオン州の州都レオンに向かう途中、アストルガにある司教館。

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 バリバリのガウディ建築で、出来上がったのを見た司教が、ここに住むのを拒否したというエピソードもうなずける。

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 内部は、こんな感じ。

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 毎日ここで食事したり生活したりでは、確かにあまり落ち着かないかも。

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 一方こちらは、レオン市内にある建物。現在は、銀行になっている。ガウディにしては、わりと普通な印象です。

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 銀行の前の、この彫刻の方が面白かったかな。「おじさん、鉄のベンチはしみじみ冷えるねえ」。「・・・」。

 



 


 

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2008年3月 9日 (日)

ガリシアといえば、タコ。

 冬眠もそろそろ終わりに近づき、スペイン北部を旅行してきました。

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 巡礼地として有名なサンチャゴ・デ・コンポステーラを起点に、バスク地方まで逆にたどる旅。日にちがないので、道中は有名どころだけの駆け足になった。

 ヨーロッパは近年、ローコスト・エアライン(低価格航空会社)がどんどん誕生している。既存の航空会社よりはるかに安いし、路線も主要都市だけでなく、あちこちに飛んでいる。コストを削減しすぎて、機体がボロボロじゃないかとか、操縦が下手じゃないかとか思ったりしたが、むしろ機体はこちらの方が新しいぐらい(とりあえず、着陸に失敗したこともない)。航空券は基本的に片道ずつの購入なので、行きと帰りを違う空港に設定できるのも便利だ。

 今回のスペイン旅行は、行きはヴエリング航空でサンチャゴへ、帰りはクリック・エアでビルバオから。両方とも、スペインの航空会社だ。そしてその間は、レンタカーで移動という旅程だった。(行程は、こちらです。この地図だと722kmだけど、あちこち行ったり来たりで、最終的には1100kmほどでした。)

 サンチャゴは、キリスト教三大聖地のひとつだそうな(残りはエルサレムと・・、ローマか?)。九世紀の初めに聖ヤコブ(スペイン語でサンチャゴ)の骨がここで発見され、それ以来、巡礼者の押し寄せる地となった。当時のイベリア半島はイスラム教徒ムーア人の支配が続いており、キリスト教徒たちの奮起を促すために、聖ヤコブを引っ張ってきたのではないだろうか。

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 聖ヤコブは漁師だったため、帆立貝がシンボルである。だから巡礼路にはこんなふうに、ホタテがそこかしこに埋め込まれたり、彫り込まれている。

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 巡礼の最終目的地、カテドラルの内部は荘厳、重厚・・。

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 そして、キンキラキンである。

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 教会巡りに疲れ、夕方ちょっと早めの時間に、旧市街のバルをはしごする。

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 シシトウに岩塩をつけて、あぶったもの。チョリソという辛いソーセージ。パン・コン・トマテ。そしてリベラ・デル・デゥエロの赤をグラスで。

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 でもスペイン北西部ガリシア地方の名物といえば、なんといってもタコである。それにはこの地方の白ワイン、ルエーダを合わせた。ベルデホという葡萄から作られてるらしいが、シャルドネのようなエレガントな白だった。

 この店に入る直前、白人の老夫婦とすれ違った。ベレー帽を被った男性は、スウェーデンの名優マックス・フォン・シドーだった。トム・クルーズの「マイノリティ・リポート」とか、ハリウッド映画では癖のある悪役が多いけど、僕の世代ではベルイマン俳優である。声をかけたかったけど、北欧の人らしい疑い深そうな目で射すくめられ、ただ立ってるしかなかった。残念だ・・。




 

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2008年3月 7日 (金)

ロブションは、「手堅い3割打者」かな・・。

 行きつけの歯医者さんと同じ並びにあるため、何度も何度も前だけは通り過ぎていた「ターブル・ド・ジョエル・ロブション」。ようやく初めて、行く機会ができた。

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 入り口だけ見ると、営業中かどうかまったくわからない。

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 店内は、こんな感じ。12時半では、まだ店内はセッティングの真っ最中だ。今回は1月のケ・ブランリ美術館と同じく、建築家のW夫妻といっしょだった。「2003年にオープンしたらしいですよ」と伝えると、「そのわりには、ちょっと内装がくたびれてますねえ」と、その業界の人らしい感想を漏らしていた。確かに。

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 嫁の選んだ前菜は、牡蛎のグラタン。「居酒屋で出てきそう」と皮肉りながらも、かなりおいしかったみたい。

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 僕は豚足と豚耳のゼリー寄せ。内臓好きなので、顔をほころばせつつ完食。

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 メインは、豚のスペアリブにカラメルソースをからめて(駄洒落ではなく)、じっくり焼いたもの。角煮のような、ちょっと和風の味わい。脂身が、とろけそうな誘惑をしてくる。もちろん、やすやすと誘いに乗ってしまう。やはりおしいものは身体に悪いと、改めて実感する。

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 嫁たちは、乳のみ子羊をごくごく柔らかく焼いた一品を注文。とにかくどの料理も当たり外れがなく、のけ反るような驚きはない代わりに、何を頼んでも水準以上に美味しい。

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 昼のコースメニューには、一人に半ボトル分のワインが付く。4人だと、白赤を1本ずつ頼める勘定だ。赤はフランス南西部ガスコーニュ地方の「アラミス」が出てきた。ガスコーニュと言えば、アレクサンドル・デュマの冒険小説「三銃士」の舞台となったところ。そしてアラミスは、三銃士の一人の名前だ(ということをさっき調べて知った)。遠州産の地酒に、「石松」と名付けるようなものだろう。

 確か2003年だったと思うが、値段の割りには張りも厚みもあり、かつ軽やかで、料理の引き立て役としては最高だった。

 出てくるワインも、料理同様そつがない。手堅いというか、手だれというか、ロブション自身はほとんど年に何日もいないだろうに、店はしっかり回っている。それでいいのかなあと言う気もするけれど・・。

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 デザートも、けっこうでした。








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2008年3月 4日 (火)

愛染カプラ(・・)。 

 フランスの小学校は、ほぼ2カ月毎に長い休みがある。2ヶ月以上学校に通うと、子供の集中力が続かないという理由かららしい(教員組合の力が強いというのが、ほんとの理由のような気がするけど)。

 今の時期、パリの学校は、2月末から3月初めにかけて、2週間の冬休みとなる。8割以上の家庭が共稼ぎなので、こういう時の両親は大変だ。妻・専業主婦、夫・冬眠中のわが家でさえ、子供の世話には難渋するというのに。

 ある日はここに連れて行った。

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 カプラという、木片を積み上げて遊ぶおもちゃで、フランス在住のオランダ人が考え出したらしい。日本でもけっこう盛んらしく(こちら)、でもフランスの本店はこんな小さな店だ。休み中はここで毎日、子供たちがカプラで遊べるようになっている。

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 これが、組み立て前のカプラ。同じサイズで、いろんな色の木片が、何千枚と用意されている。

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 子供たちはまず、前の回の子供たちが作ったものを破壊してから、製作に取りかかる。破壊と創造。最初に全部ぶち壊すのは、たまらない快感のようだ。

 それからみんなで話し合って、何を作るか決める。その間、親たちは近所のカフェで時間をつぶしつつ、時々様子を見に行く。

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 1時間ほどすると、こんなものが出来上がっていた。ヘビ?橋?

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 これは、建物?

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 低学年から高学年まで、ほぼ初対面の子供たちがみんなで協力して、けっこう凝ったものを作っている。

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 2時間後。どうやら、ドラゴンが完成したらしい。

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 うむ。よく出来ておる。で、明日はどこに連れて行こうか・・。

 


 


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2008年3月 3日 (月)

まずは、乾杯!(続き)

 日曜日のハーフマラソン。コースは折り返し点を過ぎると、ダラダラした上り坂が続く。けっこう苦しい。そういう時は、ゴールしたら何で乾杯しようかとあれこれ思いを巡らせ、気を紛らわせようとした。それでもシンドイ。そしたらそのうち追い風が吹いてきて、いつのまにか坂を登り切っていた。これがほんとの、「背中を押された」だったかも。

 夕刻、Y家を訪れて、完走祝いを強要する。いろいろ考えた末、生ハムと、このワインを持って行った。

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 アルザスを代表する造り手、マルセル・デイスの特級ワインである。アルザスの最高峰と言っていい、なあんて知ったようなことを書いているが、minmin氏の受け売りです。3年前、この地方に旅行に出かける際、「ぜひ、ここのグラン・クリュ(特級格付け)のワインを買ったらいいですヨ」と、教えてもらったのだった。

 ゲビュルツトラミネールという葡萄品種だけで造られている。1998年ビンテージだが、長熟型のワインなので、10年経ったぐらいではびくともしない。でもグラスに注ぐと黄金色に輝き、今の時点でも十分に楽しめる。スパイシーな香りよりは、沈丁花のような白い花やライチの濃密さが勝っている。そして、なんという余韻の長さ。

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 抜栓して、しばらくしてからコルクを見たら、糖分がびっしり結晶化していた。よほど糖度が高いんだと思う。走り終わってから十分に水分は取っていたものの、また違った感じで一滴一滴がじわじわと身体に染みてくれた。

 満足。

 


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2008年3月 2日 (日)

まずは、乾杯!

 午前10時の出発に合わせ、9時半頃にパリ・ハーフマラソンの会場に到着。ここに来るまでの地下鉄内は、ランナーと付添の人たちで、ぎっしり満員だった。

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 緊張すると近くなるのか、スタート地点横の陸軍兵舎の塀は、男性用臨時トイレになってしまっていた。(拡大しては、いけません)

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 僕も、やや緊張気味。トイレに行こうかどうしようか迷っているうちに、スタート時間になってしまった。

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 登録人数は、23000人。当日棄権した人もいただろうが、2万人以上は参加したはず。「2時間〜2時間10分」枠で申請した僕は、ほぼ最後尾に近いところから出発することになった。その方が、のんびり走れていいと思ったのだ。大渋滞のまま、じりじりとスタート地点に進んで行く。ラインを越えた時は、すでに10時10分近かった。

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 10km地点、ほぼ折り返しとなるバスチーユ広場。給水所でもらったペットボトルを、みんなが道路脇にぽいぽい捨てて行くのには驚いた。何万本ものボトルが投げ捨てられ、それを踏み越えながら走っていく。ゴミの分別も、まともにしない国だからなあ・・。

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 コース上に、オレンジの皮が散乱している。でもこれはまだ、いい方。

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 とはいえこういう楽隊や、ジャズバンドが数kmごとに待ちかまえて、生演奏で盛り上げてくれたりもする。

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 こんな楽しい人もいる。まさかこのまま21kmを走ったわけではないと思うけど、目撃した嫁によれば、けっこうなスピードで疾走し、沿道の喝采を浴びてたそうだ。

 途中小雨に降られたりしたものの、1時間54分56秒で初レースを完走できました。一応GPRA初の、「海外遠征」ということになるのかなあ。

 で、本題の乾杯だけど、酔っぱらってしまったので、それはまた明日ということで・・。

 



 

 

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