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2007年12月

2007年12月31日 (月)

よいお年を。

2008年も、いい年でありますように。

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Bonne Année 2008!(いつもより拡大できます。よろしければ、壁紙にでも・・。)

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その晩も、イタメシ。

 昼のブルガリに続いて、夜もイタリアレストランへ。仕事関係の忘年会、それからお世話になった人がアメリカに赴任するので、その歓送も兼ねての会だった。

 「La Pigna」(ラ・ピーニャ、松ぼっくり)という名前のこのレストランは、ブリヂストンのモータースポーツ活動に長く携わった人が、イタリア料理への情熱止みがたく、脱サラして開いた店だ。

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 シェフはイタリア人のヴィンチェンツォ。F1のシーズン中はフェラーリのモーターホームでも腕を振るっていて、われわれ日本人も時々お世話になっている。オフの今はラ・ピーニャに詰めているが、年明けにはフェラーリがイタリアのスキーリゾートでイヴェントを開くので、そっちに帯同すると言っていた。物静かな、職人風イタリア人である。

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 まずはスプマンテ(イタリアの発泡性ワイン)で乾杯してから、赤に移る。オーナーの勧めてくれたのが、シシリア産のこのワインだった。ドンナ・フガータ(遁走する女)というメーカーの作る、2004年のタンクレディ。主に地元のブドウ品種ネロ・ダヴォラとカベルネ・ソーヴィニオンがブレンドされている。最初は、スパイシーな香りがむんむん来る。隣の畑で胡椒でも作ってるのかと思うくらい。でもそのうち、しっとりと落ち着いた感じに開いてきた。「神の雫」風に言うと(笑)、「シシリアの荒涼たる大地にたたずむ、黒髪にバラを一輪挿した、ふくよかな目鼻立ちのくっきりした美女」というところ(再び笑)。

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 オジサンたちの飲酒欲はこれぐらいでは満足されず、2本目の赤へ。次もドンナ・フガータの、「ミッレ・エ・ウナ・ノッテ」(千夜一夜)という名前もラベルも素敵なワイン。同じく2004年ながら、こちらはほとんどネロ・ダヴォラの単一品種に近いらしい。今回の2本に限らず、シシリアで産するワインは、南国のものにありがちな、お腹にずしんと来る重さがない。特にこの千夜一夜は、洗練されたエレガントなワインだった。

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 最後はオーナーが、サッシカイアのグラッパ(ブドウから作ったイタリアのブランディ)を供してくれた。これまた、端正なラベル。

 呑み意地が張りすぎて、ワインの紹介しかできなかった。蛇足ながらヴィンチェンツォの料理は、現地で食べさせてもらってるのと同じ、素晴らしいものです。

 


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2007年12月29日 (土)

イタメシ2連発。

 再び、銀座来訪。渋谷や新宿を歩いてから、この界隈に戻って来ると、落ち着いたたたずまいにホッとする。

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 地下鉄を降りたところにあった、松屋のショーウィンドウ。色遣いが、いい感じ。

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 地上に出ると、ダリ風というか、中でまともに仕事できるのか風の、奇っ怪な建物が。南アのダイアモンド会社デビアスが、まもなくここに店を出すらしい。隣にはカルチエ、他にもエルメスだのシャネルだのヴィトンだの、この界隈はずいぶん華々しいことになっている。






 



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 カルチェから道を隔てた向かいにある、ブルガリ。友人がここの上階にあるレストランを予約してくれて、昼食会ということになった。店内は吹き抜けの高い天井で、眼下に銀座の街並みも見えるのだけれど、いかんせん狭い。この写真の2列に並んだテーブル、このスペースしかないのだ。

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 最初に出てくる、ほかほかのパン。とてもおいしいけど、日本風に柔らかくなってるのが、ちと残念。つき出しは、ちぃ〜さなフォワグラと、同じように微小な、直径5mmほどのプチトマトを、さらに半分に切ったもの。よくこんなに、ちまちまと。そしてコンソメ。

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前菜はサンダニエーレ産の生ハムと、水牛の乳で作ったモッツァレッラチーズという定番中の定番。

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メインは、子羊のあばら肉。上に散らしてあるのは、アーティチョーク(朝鮮薊)を揚げたもの。


 

 


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デザートは、フルーツの載ったチラミス。




 ここには紹介してないけれど、メインの前にパスタが一品。それぞれかなり控えめな分量ながら、デザートまででちょうどお腹はいっぱいというところ。これで5000円のコースは、まあこんなものだろうか。ただグラスワインが、ピノ・グリ1杯1800円、サンジョベーゼ1杯1500円は、ちょっと割高感があった。グラスというより、ティスティング用かと思うぐらいしか注いでくれなかったし・・。このあたり、呑んべえとしては、こだわりたくなるところなのでした。

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2007年12月28日 (金)

この蕎麦屋もなかなか・・。

 実家のすぐ近くに、「バラの丘公園」なるものがある。1980年代終わりの竹下首相時代に、全国市町村に1億円ずつばらまいたバブルの象徴のような事業があって、わが町はそのお金でこの公園を造ったのだった。当時は、「あんなもの」と地元の評判はきわめて悪かったと記憶しているが、今はけっこうな名所になった。外からしか見たことはないけれど、いつもバラが咲き乱れ、人々がその間をゆったりと散策している。

 で、そのすぐ脇にあるのが、このお蕎麦屋さん。

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 蕎麦から一字を取って、「蕎の字」。近所にあるからというだけで、さほど期待せずに行ったのだが、いい意味ですごく予想を裏切ってくれた。

 店に入ると、広々とした白木のカウンター。目の前で天麩羅を揚げて、出してくれるようになっている。

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 天ざるを注文すると、まずは天麩羅を熱々で食する。

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 静岡名物桜エビのかき揚げも、実に軽やかに揚がっている。

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 十割蕎麦は、青森と北海道産をブレンドしたもの。十割なのにしっとりして、おつゆの中でも蕎麦の香りがしっかり存在を主張している。お店の人のサービスも、控えめかつ、気配りが効いている。子供たちをたくさん連れて来てしまったことを後悔したけれど、騒ぐような雰囲気でないことが彼らにもわかったのか、それ以上に蕎麦のうまさに心を奪われたのか、おとなしく無心に食べてくれてホッとする。

 いや、堪能しました。この店については、蕎麦知らずの僕がとやかく書くよりも、こちらの夢八さんのブログを見てもらった方が、ずっといいと思う。

 島田の蕎麦屋といえば「宮本」が全国的に有名だけど、こちらも決して負けてないのでは。しばらくご無沙汰している「宮本」は、「味はいいけど接客が・・」という評を散見するのが気になるところだ。

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2007年12月26日 (水)

茶畑を走る。

 ブドウ畑もいいけど、茶畑も美しい。

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 大井川とは反対方向、山の方へ走って行くと、道の両側に田んぼや茶畑が広がっている。

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 白い花が咲くのは、9月から11月(知らなかった)。温暖化のせいか、暮れの今もそこかしこに咲いていた。

 そこからさらになだらかな坂を上がって行くと、山寺の山門が見えてくる。そこをくぐると・・。

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 トトロでも棲んでいそうな、鬱蒼とした並木道が続く。

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 奥にいたのはトトロではなく、二人のおばあさんだった。参道に散きつめられた無数の花びらを掃いている。「これ、なんていう花ですか」と訊くと、そんなことも知らないのかという同情に満ちた口調で、「山茶花だよ」と教えてくれた。お茶の木と親戚だそうで、そういえば花や葉が似ているような・・。

 するともう一人のおばあさんが僕の顔をしげしげと見て、「あんた、南さんとこの若い衆かい?」と聞く。いえ、違いますと答えるより先に、おばあさんAが、「南さんとこのコなら、そんなこと聞かないヨ」と、声をひそめてたしなめる。つまり南さんというのはこの辺の家で、山茶花がどんな木か知らないはずはないということなのだろう。やはりよほどの愚問だったようだ。

 顔立ちに個性がないせいか、よく他の人と間違えられる。行きつけの歯医者のご隠居から、「うちの息子に、よぉ〜似とる」と感嘆されたこともある。夏休みから真っ黒になってパリに戻った時には、マダガスカル人に間違えられた(マダガスカルには、中国系の色の黒い人が多いからか・・)。

 ま、黙々と走るのもいいが、こんなふうな出会いも楽しい。

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2007年12月25日 (火)

大井川べりを走る。

 僕の実家は、静岡県中部の島田という町にある。江戸時代は東海道53次の宿場町だった。町を流れる大井川は長雨が続くとしばしば増水し、旅人たちは長期の足止めを余儀なくされた。おかげで宿場は栄え、一大歓楽街のようなことになってたらしい。

 そこで働いていた女郎が結い、日本中に爆発的に流行したのが、「島田髷(まげ)」である。花嫁の文金高島田も、もとは当時の風俗嬢のヘアスタイルだったわけだ。

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 さて、その大井川に沿って、かなりしっかり整備された遊歩道が続いている。道幅は5メートルぐらい。路面はテニスコートのアンツーカーのような舗装で、ひざや足首への負担も少なく感じる。冬枯れの風景も、風情がある。

 上流から河口まで全長20km以上あるので、フルマラソンの練習も可能だ。駅伝の実業団チームや、現役時代の瀬古選手も練習に来たとか。

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 沿道には、こんなものが置かれている。

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 近寄ってみると、広重の浮世絵の複製とか、東海道の起点・日本橋からの距離、その宿場を詠んだ歌の碑とかである。これが53コあるわけで、けっこうな力作だ。島田はもう20年以上も前から人口が減り続け、駅前商店街など絵に描いたようなシャッター通りである。そんな状況を少しでも変えようという、涙ぐましい努力が感じられる。近年は「武士の一分」とか、映画ロケの誘致にも熱心だし。

 この目印がほぼ200メートルおきにあるので、日本橋から京都まで走って戻って来ると、往復20km以上になる。でもこの日の僕は、赤坂の宿(現愛知県音羽町)で力尽きたのでした。

 

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2007年12月24日 (月)

ランナーは必ず行くべし、銀座アシックス。

 一時帰国した翌日、銀座に出かける。

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 いきつけのメガネ屋さんの窓から見たデパートは、すっかりフレンチになっていた。

 そこから新橋方向に歩いて行って、「アシックスストア東京」へ。同社がランナー向けに、今年2月に開いた専門店だ。ここのウリは何と言っても、自分の足型を3次元計測してくれること。左右の足のサイズの違い(これが驚くほど違う)、幅、甲の高さ、重心、軸のブレ具合などなどが、全部わかる。そしてそのデータを元に、実に懇切丁寧なアドバイスを受けつつ、シューズを選ぶことができる。

 平日の昼間なので、僕の前には二人しかいなかった。でもそれぞれのお客さんと店の人がじっくり話し合ってるので、けっこう時間がかかる。初老の夫婦が、二人でウォーキングを始めようとしているのか、いろんなシューズを試していた。

 15分ほどして、名前を呼ばれる。はだしになって、箱の中に片足ずつ突っ込んでおとなしくしていると、前方のモニターに3次元計測される足の様子が表示されて行く。

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 これは、足の裏の体重の掛かり具合。説明してくれたことをごく簡単に要約すると、土踏まずの部分が大きすぎる足だと言われた。「土踏まずだけでなく、かかとも、もう少しほしいところですね。これだと接地面が少ないから、安定しない。それから前部の筋肉が発達してる割りに、足指を十分使ってません。ほら、中指以降、足との隙間が狭くなって、小指は完全につながってるでしょう。指をちゃんと使って蹴っていると、もっと足から離れるんです」。

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 もっと問題があったのが、これ。左右のかかとの傾斜角度を調べると、右が8度、左は9度以上も、内側に傾いてしまっている。「これだと、外反母趾になりやすいですよ」と言われてしまった。ハイヒールを履いてる女性以外は関係ない症状だと思っていたので、ちょっとショック。「かかとから外側に沿って接地して、指先に抜けるイメージで走るようにすると、改善します」と言ってくれた。

 他にも、日本人だから幅広・甲高なんだろうと漠然と思い込んでいたら、実はずいぶん幅狭・甲低だったり、左右のサイズが4mm以上違ってたりと、自分の知らないことがいっぱいあった。そんなデータとランニング歴、日ごろのトレーニング量を基に、じっくり靴を選んでもらう。僕は普段用の比較的クッションの厚いのと、レース用に薄いタイプの2足、それから5本指のソックスを購入した。

 この店ではシューズを買うつもりがなくても、それからランニングをまったくしていない人でも、測定だけでも無料でやってくれる。自分の足のことを知るためにも、訪れる価値はありますヨ。

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2007年12月21日 (金)

ピアノも乾く。

 ウチの近所に、古い小さなピアノ工房がある。中では二人の女性がピアノに囲まれ、ワイヤを張り替え、寄せ木細工の表面の細かい修復に没頭している。地下への階段を下りて行くと、そこにはさらに足の踏み場もないほどのピアノが、ホコリを被っている。多くは、20世紀初頭に製造されたものだ。ほとんど使い物にならないこれらの古ピアノを、3ヶ月から半年の時間をかけて、できるだけオリジナルに近い状態に蘇らせる。それが彼女たちの仕事だ。

 その一人が、日本人女性の岡安明子さん。調律師だった明子さんがパリに来て修復師になったいきさつは、ご本人のホームページを見ていただくとして。ウチもそのアトリエに何度も遊びに行って話を聴くうち、だんだん古いピアノの魅力に取りつかれてしまった。

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 地下の倉庫に眠っていた中から1台を選び、修復をお願いしたのが今年の初め。明子さんたちはがんばって予定より早く仕上げてくれ、ある初夏の朝、屈強な男二人が6階のわが家まで階段で運び上げた。

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 1925年に作られたこのピアノは、パリの老舗だったガヴォー社のもの。同社は戦後、日本のピアノメーカーに押され、姿を消してしまった。ちなみに製造年は、右側に貼ってある金属製プレートの数字を、ガヴォー社の記録と照合して判明した。

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 先日、2度目の調律に訪れた明子さんは、しばらく作業を続けてから、「ちょっと問題がありますね・・」と言う。部屋の中の乾燥がひどく、各鍵盤の木製のアクション部分が収縮してしまい、ガタガタになっているのだという。もしその上部にあるピアノ線を締めるピン(黒いのがたくさん並んでいるもの)まで緩んだら、調律不可能になってしまうらしい。

 「どうしたら、いいんでしょう」

 「加湿器を付けっぱなしにして、湿度を高くするしかないですね」

 「今、何%ぐらいでしょうね」

 「この感じだと、せいぜい30%でしょう」

 ワインセラーの湿度計を持って来て計ったら、ピッタリ30%だった。おそるべし、ピアノ調律師の湿度体感センサー。われわれはすぐに電気屋へと、加湿器を買いに走ったのだった。


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2007年12月20日 (木)

むむ、こしゃくなキリシタン・バテレンめ

 フランスの学校には、父兄による授業参観もなければ、先生が家にやって来る家庭訪問もない。

 フランス人に日本の家庭訪問の話をすると、「ええっ、家の中を教師にさらけ出す?信じられない!」という反応が返って来る。同様に授業参観がないのも、先生が授業中のあれこれを親たちに必要以上に見せたくないということなのだろう。つまり教師と親、学校と家庭の境界線が、日本以上にはっきり区切られている印象だ。

 でもその代わりと言うか、2、3ヶ月に一度、親を招いての朝食会というのがある。先日のバレエ教室も そうだったけど、こういう時のフランスの親たちは熱心である。朝8時半から1時間ほど,子供たち、父兄、先生がいっしょにクロワッサンを食べたり、コー ヒーを飲んだりしつつ、子供たちの様子を見たり、ここぞとばかり先生を質問攻めにする。お母さん方はほぼ全員が仕事を持っている人たちだが、9時半を過ぎ ても延々と話し続けている(仕事は、いいのか?)。

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 朝食会の間、子供たちは自習をしている。机の上の緑色の繁殖物体は、教室で観察している小麦。日本だったら、稲かも。

 娘の通っている学校はかなり保守的な感じなのだが、それでも外国人の入学を拒むことはない。娘のクラスだけでも、アメリカ、イギリス、レバノン、スペイン、そして日本などなど、多彩な国籍の子供たちがいる。

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 たとえば右のイネスは、パパがエジプト人で、ママがドイツ人とフランス人のハーフ。左のコティは両親ともポーランド人だが、パパはアメリカ生まれなので、家の中では英語でしゃべってる、とか。

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 今朝の自習は、ツリーに飾り付ける絵を描いていた。

 この学校はカトリック系なので、宗教教育がある。小さい時から教会に連れて行って歌を歌ったり、イエスの生涯を勉強したりする。うちは仏教徒で、僕などは草木や石ころにも神が宿るという方に共感して、一神教はどちらかというと苦手だ。

 でも娘は教会から帰って来た時など、目がお星様状態になっている。「イエス様はね〜」とか語り出すものだから、両親は「あ、バテレンになってる」と警戒モードに入る。しかし日本の仏教や神道に比べると、何も知らない小さい子供たちを惹き付ける要素は、確かにこっちの方がたくさん持ってると思う。賛美歌と念仏、マリア様とお釈迦様、クリスマスと花祭り(だっけ?)では、ちょっと我が方が劣勢か。仏教神道連合の奮起に期待したいところである。


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2007年12月19日 (水)

樅の木は、(売れ)残った。

 ・・などというNHK大河ドラマ風オヤジギャグが、どこまで通用するかはさておき。

 近所の花屋はこの季節、店先がこんなことになっている。

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 人ひとり通れるぐらいのスペースをかろうじて残して、舗道までモミの木に占拠されているのだ。

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 そして店の入り口付近も、こんな状態。言うまでもなく、クリスマスツリー用である。ウチは毎年プラスチック製のニセモノで済ませているけれど、フランス人はちゃんと本物のモミの木を買って、飾り付ける家庭が多い。

 と、今までは思っていた。でもこれを見ると、ホントにそうだろうかと思ってしまう。なにしろクリスマスまで、もう1週間を切っている。もうとっくの昔に、大部分の家々の居間にはツリーが飾られていなければいけない。なのに花屋では、まだこんなに売れ残っている。ということはニセモノ派が実は増えていたにもかかわらず、それに気付かなかった花屋がいつものように大量に仕入れてしまい、余らせて困っているということなのだろうか。

 

 年明けのパリの街角には、不要になったモミの木の残骸が大量に捨てられる。そんな光景を毎年目にして、フランス人たちもさすがに無駄だと思い始めたのかもしれない。

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2007年12月18日 (火)

フランス人形と日本人形

 娘が週に一度通っているバレエ教室は、いったん始まってしまえば保護者の出入り厳禁である。でも2、3ヶ月に一度、教室を開放して、稽古の様子を見せてくれる。

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 地下1階にある、こじんまりとしたスタジオ。まだ夕方5時過ぎというのに、お母さんたちだけでなく、けっこうな人数のお父さんも詰めかけている(僕も含めて)。仕事はいいのか?

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 7、8歳の教室なので、トゥシューズも履かず、音楽に合わせて手足を曲げたり伸ばしたりしてる程度だ。それでも親たちは、子供たちの一挙手一投足を、食い入るように見つめている(僕も含めて)。

 そしてまだホンの子供とはいえ、痛感するのは彼我の体形の違いである。手足の長さ、顔の大小、各部の凹凸。横から見た時の上体の厚み。すべてが違う。この写真のフランス人の子供たちを見た日本のおじいちゃんも、自分の孫そっちのけで、「フランス人形とはよく言ったものだ」と感嘆していたそうだし。

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 言い換えると、そんな身体的ハンデを乗り越えて世界的な活躍をしている熊川哲也くんや吉田都さんは、ものすごい実力の持ち主ということになる。そして彼らが自分に課してきた努力たるや、身震いするほど烈しいものだったに違いない。

 だからわが娘がどうやら、この分野でもとびきりの才能を持っていないであろうことに、親としては素直に安堵できるのである。

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2007年12月17日 (月)

なぜ、うまく焼けない、ホットケーキ?

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 朝起きた時には、空がもう白々と開けていた。日の出が8時過ぎだから、8時半近いということだ。トイレから見えるエッフェル塔は、まだ眠っているように見えるけれど。

 朝食は、ホットケーキを焼くことにする。雑誌「小学1年生」に、ココアを使った絵の描き方が出てたので、それを試してみる。

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 一応、エッフェル塔のつもり。

 ホットケーキに関しては、このところ悪戦苦闘していた。M永ホットケーキミックスの素を使うのが一番簡単なのはわかってるけど、こちらの日本食料品店で買うと、600円ぐらいする。単に小麦粉が入っているだけで、それはちょっと高すぎるのではないか。

 それで自家製ホットケーキにチャレンジしたのだが・・。以前より、「自家製はどうしてもうまく焼けない」と聞いてはいた。でも、たかがホットケーキが、そんなにむずかしいものだろうか。

 箱に書いてある原料を読むと、小麦粉の他に砂糖、ベーキングパウダー、それから澱粉も入っている。これがモチッとした独特の感触の、秘密かもしれない。それで小麦粉と澱粉の比率をいろいろ変えて、何度か焼いてみた。

 ところが全然うまくいかないのである。澱粉を増やそうが減らそうが、ベーキングパウダーをやけくそでどっさり投入しようが、フタをしてしばらく蒸そうが、固く締まったパンケーキになってしまう。どうやっても市販のような、ふっくらとした感じになってくれない。それで力尽き、M永ホットケーキミックスの素の軍門にくだったわけだ。上の写真は、悔しいけれど同社製ので作ったものである。

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夜のトイレ。

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2007年12月16日 (日)

21歳のワイン

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 サンタクロースたちがプレゼントの配送打ち合わせをしている・・のでは、もちろんない。週に一度、娘にフランス語を教えに来てくれてる娘さんが、クリスマスだというのでサンタの帽子をかぶってきたのだ。しかも自宅を出てからメトロに乗ってウチに来るまで、ずっと被りっぱなし。日本だったらちょっとアヤシイ人と思われかねないが、地下鉄の車内で乗り合わせた人たちに、「いいわねえ〜」と褒められたと素直に喜んでいた。そういう可愛いところのある女性なのである。

 今日は今年最後の授業ということもあって、終わってから昼食を食べて行ってもらった。今までウチに来たことのなかった彼氏も招待した。

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 ケリアちゃんとアレクシイくん。ケリアは、モナコの出身である。ケリアという珍しい名前は、お父さんがグレイス・ケリーの大ファンだったから。二人はともに、パリ大学で日本語を勉強している。この夏の旅行が、初めての日本行きだったとは思えないほど、特にアレクシイくんは日本語がうまい。

 せっかく二人が来てくれたのだからと、ちょっと特別なワインを出すことにした。

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 南仏プロヴァンス地方リュベロンで造られた、シャトー・ド・リゾレットというワインの1986年ビンテージである。ケリアちゃんも1986年生まれの21歳。プロヴァンスとコート・ダジュールという隣り合った地方で、彼女とこのワインは同じ年に生を受けたことになる。

 まだ青春まっただ中のケリアに比べると、リゾレットの方はさすがにかなり老成している。グラスの縁は、思いっきり瓦色になっていた(南仏の瓦色、くすんだ茶色です。拡大可能)。でもまろやかさの中に、まだ十分な張りが感じられる。グルナッシュ特有の濃厚な果実味や、ボディの厚みも健在だ。素朴だが芯の強い、プロヴァンス女性といったところかな。

 イタリア風サラダとカルボナーラ、デザートは嫁手製のチーズケーキ。お土産にいただいたマカロンも美味しかったし、のんびり楽しい日曜の午後だった。

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2007年12月15日 (土)

謎の日本人城主

 肉屋の店先で、子牛のレバーに目が留まった。5、6kgはありそうな巨大な塊が、テラテラとおいしそうに光っている。思わず二人分購入。「薄く、薄くね」と頼んだにもかかわらず、すでに肉屋のオジサンは豪快に切ってくれてしまっていた。

 付け合わせは簡単に、ジャガイモと人参をゆでて洋からしを付けるとして、ワインはどうするか。そこでハタと思い当たったのが、このワイン。

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 ブルゴーニュのジュヴレイ・シャンベルタン村で産する赤ワインの2005年ビンテージなのだが、毎年およそ2000本しか作られないうちの貴重な1本なのである。そしてその畑は、ある日本人が所有している。なぜそんなものがウチにあるのかといえば、その人にいただいたのである。

 謎めいた人である。何年も前からの知り合いにもかかわらず、どんな人物なのかほとんどわからない。スイスとブルゴーニュの城に住んでいて、自家用機で飛び回って、スキーとハングライダーとフルートの達人で、でも話をしていて、仕事の話題はいっさい出てこない。僕に見せるのは、趣味人としての顔だけなのである。もう60を過ぎていると思われるが、自由で闊達で好奇心旺盛な、素敵な紳士だ。

 晩秋の一夜、そのブルゴーニュの城に招待された。

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 奥様と二人で夕食の準備に取りかかる間、僕は庭の中を走らせてもらう。20分ほど走っても、端にたどり着かずに引き返す。何ヘクタールあるんだか。敷地の裏に滑走路があると教えてくれたので、そちらに回る。原っぱのようなものだろうと思っていたら、全長1500mはあるアスファルト舗装の堂々たるものだった。ここに友人たちが折々、自家用ジェットでやってくるんだそうな・・。

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 泊めていただいた部屋。ポンペイ遺跡の、貴族の館を模した内装になっている。ここに一人じゃあまりに淋しすぎるので、隣のシングルベッドのおいてある小ぶりの部屋に引っ越した。そちらは、ブルゴーニュの田舎屋風だった。

 その夜は、城主の友人夫婦を交えたピアノ、ヴァイオリン、フルート、ギターによる室内楽コンサートが催された。ロココ風装飾のサロンで、聴衆は僕一人。「夢のような」という月並みな表現以外に、この時の気持ちを表す言葉を思いつかない。

 そしてセップ茸やブレス鶏の丸焼きが饗された夕食では、ジュヴレイ・シャンベルタンが何本も開けられた。繊細かつ華やかで、呑み疲れることがない。でも城主自身は、ここ数年の出来にいまひとつ満足できていないようだった。

 「醸造をお願いしてる家族が、数年前に代替わりしましてね。それ以来、ちょっと品質にばらつきが出るようになったんですよ」。

 できれば別の人に代えたいのだが、ブルゴーニュでは生産者の権利が手厚く保護されていて、よほどの過失や悪意が証明されない限り、首にすることはできないのだという。そういう訴訟を専門にしている弁護士がいるというのも、新鮮な話だった。

 「熱心で誠実な醸造家がいたら、ぜひ頼みたいんですけどね」。

 M師匠、そろそろどうです!


 

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2007年12月14日 (金)

パリのクリスマス

 12月も中旬近くなると、パリの街はいっそうざわついてくる。メトロに乗ったり歩いている人たちが、クリスマスのことで頭が一杯になってるのが、はたから見ていてよくわかる。

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 オペラ座裏のプランタン界隈は、平日というのに買い物客であふれている。大人も子供もショーウィンドーに見入っているので、いっそう混雑がひどくなる。

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 ペンギンが羽根をパタパタさせてるだけだけど、見ていてほのぼの楽しいノダ。

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 しっとり系のプランタンに比べると、隣のギャラリー・ラファイエットはここ数年、派手めで押している。

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 そこからコンコルド広場まで、寒風の中をがんばって歩く。ここの夜景は、イルミネーションで飾り立てるような華やかさはない。でもしっとり落ち着いていて、冬は特に美しい。

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 噴水脇の同じ場所から、マドレーヌ寺院の方に向いたところ。確かこの辺りに、ルイ16世の断頭台が置かれたのではなかったかと。

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 シャンゼリゼの入り口。もっと近づくと凱旋門がきれいに見えるけど、寒さで遭難しそうになったので今日はここまでということで。

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2007年12月13日 (木)

絶品のニョッキに遭遇、の巻。

 昆虫博士で食通のOさんに教えてもらったイタ飯屋に出かけた。以前紹介したビストロのすぐ近所である。

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 店の前に、ペラっと黒板が立て掛けてある。バリバリのイタリア語だ。Oさんからは、「メニューも別にあるけど、黒板に書いてある『今日のパスタ』を注文するのがいいヨ」とアドバイスされている。

 えーと、前菜はルッコラのサラダにパルメザンチーズが掛かってて、あとは・・むにゃむにゃ・・。メインはアサリのリングイーネ(きしめんの細いやつ)と、ペストソーズのニョッキ。デザートはチラミスとパンナコッタ。このあたりはほとんど万国共通語なので、よくわかる。

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 入ったのは1時15分前ぐらいだったが、狭い店内はほぼ満席。4人掛けのテーブルが運良くふたつ空いていたので、相席させてもらう。隣の二人はスーツをぴしっと着た、いかにもフランス中央銀行で働いてます風の紳士。でも愛想はきわめていい。

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 アドバイス通り、メインのパスタを2種類とデザートを2種類注文する。ワインはシャルドネと、「プリミティーヴォ」(未開人?)という赤ワインを1杯ずつ。白は十分な酸味と濃厚な蜂蜜の後味。赤はチャーミングで蠱惑的だ。

 ギャルソンのイタリア人のお兄ちゃんが、小皿にオリーヴ油を注いでくれる。それをパンに浸して食べながら、料理が来るのを待つ趣向である。それがあまりに美味しくてワインにも合うものだから、ついつい食べ過ぎてしまう。

 先客の隣人たちに、先に料理が来た。僕たちと同じものを注文していたようだ。リングイーネを頼んだ紳士は、われわれに向かって「お先に」とニッコリ微笑むと、ナイフとフォークを手にした。そしてパスタを片っ端から、ぶつ切りにして行くのだった。しかもアサリの酒蒸しソースの上に、どさどさとパルメザンチーズを掛けている。それをフォークですくって、幸せそうに食べ始めた。

 食べ方に厳密な決まりがあるわけではないけれど、これはちょっと食べ物がかわいそう。パリでおいしいイタ飯屋を見つけるのがむずかしいのは、おそらくフランス人たちがそういうものを望んでいないからなんだろう。

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 などと言っているうちに、こちらにも同じ二皿が到着する。ニョッキを注文したのは僕。まだオイル浸しのパンに未練があって、延々と食べ続けている。
 ヴォンゴレの感想を訊くと、「とてもおいしいけど、ちょっと茹ですぎなのが残念」とのこと。おすそ分けしてもらったら、確かにそうだった。でも一方のニョッキは、分けてあげるのを忘れるぐらいおいしかった。

 ニョッキというのは小麦粉とジャガイモを混ぜた団子を茹でた、ま、イタリア版のスイトンである(昭和40年以降に生まれた人には、よけいわからない説明かも)。それにバジリコのソースをかけたシンプルな一品なのだが、ペコリーノチーズ(おそらく)と松の実とピスタッチオの味が渾然一体となって、あっという間に完食した。

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 デザートもおいしゅうございました。

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2007年12月12日 (水)

パスタとソーテルヌの幸福な結婚

 夕食は、トマトパスタを作ることにした。妻子が帰ってくるまで1時間ほどしかないので、ソースは手抜きで(って、ほとんどいつも手抜きだが)。

 まず、タマネギのみじん切りに取りかかる。大玉4個でひとしきり涙を流してから、それでも炒めるのだけは弱火でじっくりじっくり。ブイトーニ社の即席バジリコ入りトマトソースをふた瓶投入し、瓶に残ったソースを紹興酒でこそげ取り、30分ほど煮詰める。ズッキーニとマッシュルームを別にフライパンで炒め、ツナといっしょにソースに加える。固めにゆでたパスタにたっぷりかけて、具だくさんのトマトパスタのできあがり。

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 前菜は、昨日スーパーで安かった生ハム。さて、何を合わせるか。今夜は1,2杯も呑めば十分な気分だったので、普通より一回り小さい500ccボトルのソーテルヌを開けることにした。

 ソーテルヌはボルドーの極甘口ワインで、果皮に付いた特殊な菌の作用で干からび、糖度が飛躍的に増したブドウから作られる。これがあればデザートは要らないというくらい甘い。でもフォワグラやチーズにも実によく合うし、肉や魚料理にも合わせることは可能だ。

セラーから出してきたのは、先日行ったワイン市で購入した、2000年のシャトー・デュドン。「この年は9月まですごくよく日が当たって、葡萄の成育は完璧だったんですよ。でもいざ摘み取り始めたら、長雨に祟られて・・。前半に収穫した葡萄は大丈夫だけど、後半はダメ。だから2000年は生産量は少なくなってしまったけど、品質自体は素晴らしいの」。

 というのが、ブースにいたマダムの説明だった。

 生ハムはまだしも、トマトパスタとは必ずしも完璧な結婚とは言えなかった。でも十分幸せな気分にさせてくれた。まあ人生でも幸福な結婚が、必ずしも完璧なそれとは限らないわけで・・。

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 このシャトー・デュドンは格付けされてるわけでもなく、ほとんど無名といっていいソーテルヌである。でも相性がいいというのか、ワイン市に行くとついここで買ってしまう。50clで1本16ユーロ(約2600円)という値段も、ソーテルヌにしてはかなり良心的だと思う。コルクも長期熟成に耐えるよう木目が細かく詰んで、この値段にしては長めのものを使ってるのも、好感が持てる。

 「50年後も楽しめるワインですヨ」と、マダムは言ってくれた。残念ながら50年後の僕はこのワインを楽しんでる状況にはいないだろうけど、13年後の娘の成人には何とかなるかな。

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2007年12月11日 (火)

カモメといえば・・。

 きのうパリのカモメの話を書いたところ、その中で少し触れた桑原さんから、さっそく丁寧なコメントをいただいた。「ギレムさんは『野鳥業界』では有名人」とのこと。教えてもらったアマゾン・フランスのサイトで見ても、彼の書いた野鳥についての本がいっぱい紹介されている。

 鳥オンチの僕にも噛んで含めるように親切に説明してくれたり、望遠鏡をのぞかせてくれたり、僕にとってはすごく幸運な出会いだった(かなり猫に小判ではあったけど)。

 桑原さんによれば、この鳥は日本名は「ゆりかもめ」とのことだ。だとすればますます、海辺に住んでるイメージが強くなってしまう。なにしろ日本だと、新橋からお台場あたりが縄張りなわけで(笑)。

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 そういえば秋にヴェネチアを旅行した折りも、カモメがずいぶん飛んでいた。これはリド島の桟橋でじっとしていたトリオ。チュイルリー公園のとは、ややたたずまいが違うような・・。

 ここでもパリ同様、鳥たちの棲み分けがきっちりされてるようだったのが、今思えば面白かった。リド島はほとんどカモメしかいないのに、対岸のサンマルコ広場はハトだらけ。

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 この小さい点々がみんなハトで、カモメは皆無なのでした。(拡大可能)

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2007年12月10日 (月)

パリのカモメ

 いつ頃からか、気がついたらチュイルリー公園でカモメを目にするようになった。カモメといえば、ふつうは海辺にいるものだ。それがどうして、こんな内陸の(ここからセーヌ川の河口、大西洋岸まで200kmはある)パリにいるんだろう。カモメに似た別の鳥?でも僕にはどうしても、カモメにしか見えない。

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でしょ?

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 天気のいい日など、芝生の上にドッサリ休んでる。噴水の周りを群れながら飛んでる。なかなかシュールな光景だ。パリの主であるはずのハトたちは、おかげですっかり影が薄い。どうしてパリに、こんなにカモメがいるんだろう。

 そしたら先日、その疑問に答えてくれる人物に遭遇した。例によって公園を走っていたら、三脚付きの望遠鏡と双眼鏡とで、カモメたちを熱心に観察してる人がいる。いったんは通り過ぎたものの、そうだと思って引き返し、声を掛けてみた(Nike+iPodを一時中断することは忘れずに)。

ーもしかして、野鳥を観察してるとか?

「そうですよ」

ーひとつ教えて下さい。どうしてこんなところに、カモメがいるんです?

「ああ。あそこにいるのは、大部分はカモメじゃないんですよ」

 カモメじゃない?実はこの辺りがフランス語のちょっとややこしいところなのだが、日本語でカモメという言葉は、フランス語でmouetteムエットとgoelandゴエランのふたつを指す。仏和辞典を見ると、ゴエランの方が大型のカモメで、辞書によっては「ウミネコのこと」と書いてあったりする。
 僕はこの時この紳士に、正確には「どうしてゴエランがいるんですか?」と訊いた。それに対して彼は、「いえ、ゴエランじゃなくて大部分はムエットですよ」と答えたのだった。

 そしてムエットは海にもいるが、普通は内陸部の沼地にもいるんだそうな。だからパリにいても、おかしくない。ただし急激に増えたのは、水辺に捨てられる生ゴミの量が増えたから。そしてチュイルリー公園にいるのは、ここの芝生が数年前から人間立ち入り禁止になってるからだという。

 鳥たちは遠くはデンマークから飛来して、ここで冬を越し、翌年の2月か3月にまた帰って行くんだという。

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 へえ〜そうなんだとしきりに感心していたら、「友人にツネヒコ・クワバラという芸術家がいてね。彼はバードウォッチャー仲間で、日仏両国語で野鳥ブログをやってるから見てごらん」と紹介してくれた。

 ふ〜ん、クワバラさんね・・。そこで僕はハタと思い当たったのだが、この人は僕が昔仕事をきっかけにずいぶん仲良くさせてもらった人のお兄さんなのであった。いやはや、世間は狭い。いろんな人と出会ったり、知らないことを教えてもらったり。走ってると面白いことに遭遇するものです。

Merci infiniment,Monsieur Lesaffre!!

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2007年12月 9日 (日)

パリの冬を走る

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 家を出た時にはどんよりと曇っていたのに、ポン・デ・ザール(芸術橋)まで来る頃には、すっかり冬の日が射していた。逆に晴れてるからと走り始めると、すぐに雨に降られたりする。そんなことがしょっ中だから、冬のランニングは思い立った時に出かけないといけない。

 パリを走る時は、ほとんどコースが決まっている。トロカデロ広場を起点に、まずはアルマ橋まで1km以上をだらだらと下って行く。これがちょうどいいウォームアップになってくれる。そこからセーヌ河岸に下りて、バトームーシュ(遊覧船)の発着場を右側に見ながら、コンコルド広場まで川沿いを走る。

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 アレキサンドル3世橋の下をくぐっているところ。ジョン・フランケンハイマー監督の「Ronin」で、ロバート・デ・ニーロとジャン・レノが、武器の受け渡しをしようとして乱射シーンになった場所。最近ではジャン・ピエール・ジュネ監督の「ロング・エンゲージメント」で、マリオン・コティヤール扮する女殺し屋が、仇討ちをしたシーンも、ここで撮影されている。

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 橋をくぐると、壮麗な外観が姿を見せる。

 さらに走り続けて、コンコルド広場手前で道路に上がり、チュイルリー公園に入って行く。

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 12月上旬としてはかなり暖かいけれど、冬枯れた公園内は人影もまばらだ。排気ガスもかぶらずにすむから、ペースが上がる。そこからルーブル美術館のガラス張りのピラミッドを横目に見ながら、宮殿の東端で右折して、冒頭の芸術橋にたどり着く。

 普通はそこから、ポンヌフまで行って折り返す。それでトロカデロ広場に戻ると、ほぼ10km。もう一つ先のサン・ミッシェル橋まで頑張ると、11km。さらにバスチーユ広場まで足を伸ばして、オペラ座前から引き返すと15km。その先の、鉄道高架跡を公園にした美しい散歩道をヴァンセンヌの森まで行くと20km以上。でも僕はまだ、そこまでは試したことがない。

 このコースはかなり気に入っていて、どんなに繰り返し走っても飽きることがない。いつも何かしら、新しい発見がある。ちょっとした出会いもある。四季折々、あるいは同じ季節でも通過する時間帯の違い、天候の違いで、さまざまな顔を見せてくれる。風に乗っていろんな音が聞こえるから、イヤホンをするのはもったいない。

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 冬枯れてます。

 

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2007年12月 8日 (土)

パリのビストロ、侮りがたし・・。

 近所のO夫妻、アフリカから一時帰仏中のMさん、うち夫婦の5人で、17区のビストロへ出かける。「アントレ・ドゥ・ジュ」Entredgeuという不思議なスペルの名前を持つ店だ。これまたご近所のAミンの「すごく美味しいから」という熱烈推薦を受けて、冷たい雨の中を地下鉄を乗り継いでやって来たのだった。

 Mさんは僕のワインの先生であり、人生の折り返し点を過ぎてからできた貴重な友人でもある。そしてO夫妻のご主人が、Mさんと同期という関係。夫妻と食卓を囲むのはこれが初めてだったけれど、飾らない人柄ですぐに打ち解け、大いに盛り上がった。

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 このビストロでは、黒板にチョーク書きの今日のメニューが何枚も用意されてて、各テーブルでじっくり見るようになっている。普通はギャルソンがささげ持って説明したりするものだが、ここでは客が支える。後ろのテーブルでも、同じようにやってるのが可笑しい。

 発泡性のロゼやヴァン・キュイ(vin cuit甘口の加熱処理したワイン)などのアペリチフを口にしながら、料理とワインをじっくり選ぶ。たいていの場合、じっくり選ぼうという気にさせる店は、すでにほぼ当たりと思ってよさそうだ。この晩も腹の虫を抑えつつ、あーでもないこーでもないと楽しい時間が過ぎた。

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 前菜で一番感心したのは、この「豚足のクロケット」。このcroquetteがはるばる日本まで旅をして、コロッケに変身するわけだ。コトレットcoteletteがカツレツになったように。見た目は素っ気ないが、衣の香ばしさと豚足のぬるっとした食感が、いいバランスを保っている。

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 メインは豚のばら肉を焼いた一品を注文した。ほのかにショウガの香るソースと、脂身の柔らかさが秀逸で、「今夜はダイエットは忘れる」という声とともに隣からフォークが伸びてきた。

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 さらにダイエットと決定的にサヨナラするきっかけになりそうだったのが、このデザート。どうってことない栗のムースなのだが、控えめな甘さが栗の風味を十二分に活かしている。瞬く間に完食。どの料理も決してもたれるような重さがなく、すんなりお腹に収まってしまうのが恐い。

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 今宵Mさんは、この2本を選んでくれた。白はアルボワ・ピュピランというフランス東南部ジュラ地方の2004年。僕には初耳のワインだった。香りが独特で、サヴォワ地方のトムのようなチーズ臭がする。さぞチーズにも合っただろう。僕が前菜で頼んだ鱈のピュレとも、まったく問題なかった。強烈な個性の白である。

 赤はリストにあったヴォーヌ・ロマネが品切れになっていて、ローヌ地方のコート・ロチの2004年を注文する。決してでしゃばらずに、豚やら鴨やらいろんなメインに控えめに寄り添うワインだった。

 M師匠でさえ「知らない造り手がたくさんある」と言っていたほど、個性的なワインリストで、「おそらくビオがメインなんでしょう」とのことだった。有機農法でブドウを育て、醸造も添加物をできるだけ避け、天然酵母を使うワインが、近年は盛んに作られている。

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 アフリカの最新情勢から子育てまで話は尽きず、気がついたら10時半を回っていた。カフェを飲み終わっても喋り続けていたら、ギャルソンが申し訳なさそうに「次の人が待ってますんで・・」と言いに来た。フランスの食べ物屋でそんなふうに言われるのは、ずいぶん珍しい。店の入り口付近を見ると、まだテーブルの空くのを待っている人たちがあふれていた。急いで席を立ち、彼らをかき分けながら出口へ。いや、堪能しました。 

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2007年12月 7日 (金)

ヘレスの晩ご飯

 スペイン人は、すごく夜更かしの国民だ。レストランが混み出すのは9時過ぎだから、食べ終わるころに日付が変わっていることも珍しくない。9時までとても待てない日本人はどうするか。夕方から開いてるバルBarに駆け込むしかない。そしてここのいろんなツマミを食べるだけで、けっこうお腹も満足するのである。

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 ひと仕事終えて、ホテルに荷物を置いてから、ヘレスの旧市街に出かける。連れが肉が食いたいというので、店先のショーウィンドーにまるで肉屋のようにぶあついステーキ肉が並んでる店を選んだ。

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 まだ8時過ぎだったけど、もう食事はできる。カウンターで生ハムなどをつまんでいたこのスペイン人のカップルは、まもなく店を出ていった。これから違うレストランで、ちゃんとした食事をするのだろう。

 今夜はメンバーにスペイン語の堪能な人がおらず、そういう時はこれまで何度も注文した代わり映えのしないものを頼む他ない。つまり生ハムとか、タコのぶつ切りにパプリカをかけたやつとか、フライドポテトとか。でもメニューを凝視していたら、Pimientos de Mesonというのを発見。これはおそらく、自家製のシシトウみたいなのをあぶった一皿ではないだろうか。それだったらワインのツマミにいいかもと注文する。

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 そしたら出て来たのは、巨大な赤ピーマンをオリーブオイルで漬けた料理だった。イタリアにも同じような前菜がある。でも向こうは、まずあぶってから漬け込む。こちらは、焦げ目がついてない。煮たのかな。ま、予想とはずいぶん違ったけど、これはこれでピーマンの甘みが幸せな気分にさせてくれた。

 同行のT君は、ワインが飲めない。一口で倒れてしまうという。ウィスキーならストレートでも平気らしいので、アルコール度の問題じゃないようだ。特異体質だろうか?「味は好きなんですけどね・・」と、本人も残念がる。ということでこの夜はT君が生ビール、僕は赤のハウスワインを注文。一杯だけしか飲まないのに、あっという間に酔っぱらってしまった。その傍らでT君は、厚さ2cmほどのステーキを無心に片づけ始める。僕もつられて長さ50cmくらいの串に豚肉やら野菜の刺したのをつい注文し、半分くらいしか食べられなかった。申し訳ない!これで一人20ユーロ(約3200円)。スペインも物価が高くなったものだ。

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2007年12月 6日 (木)

ヘレスを走るーその2ー

 昨日よりちょっと早め、朝7時40分ごろホテルを出る。空はようやく白み始めたところ。あいかわらずくっきりと晴れた深い藍色の空に、上弦の月がかかっている。三日月の残りの影の部分が、近視の僕でさえはっきりと円く見える。空気が澄んでいるからだろうか。

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 昨日に比べると、街はガラガラに空いている。あとで聞いたら、今日はスペインの憲法記念日で祝日なんだそうな。クルマもほとんど通っていないので、2車線道路の一番端を黙々と走った。この方が歩道より、気持ちがいい。

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 旧市街に入っていき、適当な路地にあちこち迷い込んでみる。何やら賑やかな声の聞こえる方へと走って行ったら、小さな広場に出た。この写真からはとても想像できないけれど、広場を取り囲んでいる10数本の街路樹が、いっせいに「鳴いて」いるのだ。枝に止まっている何千羽というスズメが、ちょうど目覚めたところらしい。ただの一羽も姿を見せていないのに、すさまじい囀(さえず)り声だけが反響していた。

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 30分ほど走ると町並みが途切れ、平野に入り込んだ(はず)。この頃から急に深い霧が立ちこめて、周りがほとんど見えなくなってしまった。気温も2,3℃低くなった感じがする。シェリー酒用のブドウ畑が広がってるかと期待したのだが、工場地帯のようなところが続いているので、引き返すことにする。

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 行きはスイスイと駆け降りて行った坂道が、帰りは上り坂になるわけで(当たり前か)、下から見上げたらウンザリしてしまった。左に延々と続いているのは、ティオ・ペペ工場の塀。それに沿って、えっちらおっちら上って行く。体調の善し悪しは、坂を登る時によくわかる。今朝はちょっと身体が重い。

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 町に入ったら、さっきの霧がウソのように晴れ渡っていた。ここはパリや東京のように11月中から浮かれてなんかいないで、今ごろようやくクリスマスの飾り付けを始めるところが、好感が持てるというか、浮薄な感じがしなくていい(単にノンビリなだけ?)。

 11kmを走って、1時間ちょっと。写真を撮るたびに立ち止まってたことを思えば、悪くないかなと言いたいところだけど、ずっと走り続けてたとしてもおそらくペースがあまり変わらないのが、つらいところかも。

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2007年12月 5日 (水)

ヘレスを走るーその1ー

 今週はヘレスに滞在している。ヘレスは、スペイン・アンダルシア地方の古都。そしてもちろん、シェリー酒の産地である。

 毎日、雲が一片もない快晴が続いていて、日中は気温が20℃近くまで上がる。でも内陸部にあるので、朝晩はけっこう冷える。朝8時過ぎ、ようやく空が白み始めるのを待って、ジョギングに出かけた。

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 街路樹にオレンジがたわわに実っているのを見るたびに、南スペインに来たことを実感する。昔々、妻と初めてこの地方を旅行した時、彼女が最初にビックリしたのがこの光景だった。「どうしてみんな、取らないのかしら」と人通りがないのを見計らって一つもいでみる。そして口に入れて、放置されてる理由に納得する。僕も食べてみたけど、今も思い出せるぐらい強烈にマズかった。

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 旧市街の路地を走っていると、学校に通う子供たちと通り過ぎる。この東洋人は朝っぱらから何をしてるのという顔をされた。もう空はすっかり青いのだけれど、日陰の路地に露出を合わせたら白く飛んでしまった。気温9℃、ほぼ無風。心地よく汗が吹き出してくる。

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 町外れに近づき、石造りの門が見えてきた。「ティオ・ペペ」で有名なシェリー酒メーカー、ゴンザレス・バイアスの醸造工場である。この辺りまで来ると、風に乗ってシェリー酒の匂いが漂ってくる。走りながら、幸せな気分になる。工場に沿って長い坂道を下り切ると、人家もまばらになり、アンダルシア平原ももうすぐだ。

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 門からのぞくと、オジサンが一心にブドウ棚の枯れ葉を落としていた。

(続きます)

 

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2007年12月 4日 (火)

儚いワイン

 カーヴ(地下蔵)の中をがさごそかき回していて、1988年のシャトー・マラルティック・ラグラヴィエールを「発見」する。いつ、いくらで買ったのかどころか、このワインがあったことすら、もはや遠い記憶の彼方に消えている。

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 2日ほど窓際のカーテンの陰に立て掛けて落ち着かせ、夕食の時に呑むことに。改めて明るいところで見ると、端正なラベルが美しい。帆船の絵は、どんな由来があるのやら。

 恐る恐る、開けていく。口金を外してコルクに鼻を近づけると、わずかにカビ臭い。でも表面はきれいだし、大丈夫そう。グラスに注いで光にかざすと、張りのあるガーネット色が反射する。口に含んでも、思った以上に若々しい。そして繊細な感じ。赤い果実やスパイスや下生えや皮や、いろんな複雑な香りが立ち上るけど、決して押しつけがましくない。楚々としたところが、好感が持てる。

 ところが1時間もしないうちに、みるみるやせ細っていってしまった。あまりに儚(はかな)かったが、それだけにいっそう、ほんの一瞬だけ見せてくれた美しさが印象に残った。要するに、あまりに長い間放っておきすぎたのである。せめてもう3,4年早く飲んでいたらと、今さら悔やんでも仕方がないけれど。

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 ところで口金を一皮むいたら、その下にもう1層巻かれていた。これって普通なことなのか、知ってる人がいたら教えて下さいますか。


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2007年12月 3日 (月)

ビストロの昼食で、化けの皮がはがれる・・。

 ちょっと早めのバーゲンに出かけた帰り、かねて目をつけておいたビストロに入ってみる。フランス中央銀行(Banque de France)の真向かい、ヴィクトワール広場からちょっと入った細い道沿いにあって、店の名前はそのまんま「ビストロ・ヴィクトワール」という。以前通りかかった時、超満員の店内の、いかにもおいしそうな料理が見えたのだったのだ。

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 時間はまだ11時半をちょっと回ったところだったけど、お腹がぺこぺこだったのでドアを押して中へ。店内をのぞくと、奥の方でギャルソンやコックさんたちが賄いを食べてる(拡大すると、食事風景がほの見えます)。

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 「中で待っててもいいですか?」と訊くと、主人らしき人が「そっちに座ってな」と窓際の二人席を示してくれ、そこに着席。賄いが終わるまで手持ちぶさたなので、写真を撮ったりしてヒマを潰す。

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 これは同じ席から、右方向を撮ったところ。右端が入り口。そうこうしてるうちに、主にサラリーマン風の人たちがぞろぞろと入ってきて、またたく間にほぼ満席になってしまう。

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 メニューがこんなふうに黒板に書かれているのが、いかにもビストロ風。でも前菜の代わりに、Salades Geantes(巨大サラダ)しかないのは、ビストロとしては珍しい。メイン(Plats)はステーキや鮭や牛のタルタルステーキの他に、じゃがいも入りのペンネとか、こちらもらしくない料理が並ぶ。

 ランド地方風サラダと、鴨のコンフィを注文する。ランド地方というのは、フランス南西部のスペイン国境に近い辺り。普通は、フォワグラとか砂肝が入ってるボリュームたっぷりのサラダ。コンフィは、鴨の油に漬けたもも肉を焼いたもの。

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 サラダの上に載った砂肝も鴨のコンフィも、付け合わせのジャガイモも熱々で、香ばしい匂いを漂わせている。ワインは、これまた黒板に書いてあったリストから、モルゴン(Morgon)とシルーブル(Chirouble)をグラスで1杯ずつ注文する。

 「モルゴンて、何か聞いたことあるよ。確か南西部のワインだっけ」「シルーブルは、初耳。どこのワインだろ」。ひとくち呑んでみると、「両方とも、こないだウチで開けたサン・タムールに似てるねえ」という感想で一致する。

 何のことはない。両方とも、ボジョレーのAOCなのでした。家に帰ってから調べて、自分に呆れる。ボジョレーも偏見を持たないで、楽しく呑まなきゃ。

 デザートはフォンダン・ショコラ(中がとろけるチョコレートケーキ)を一皿と、エスプレッソを2杯。これで二人で、 30ユーロ(約4800円)。料理は十分堪能したけど、やっぱり1ユーロ100円と割り切らないと、ユーロ高のこの世界で暮らしていけないかも。


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2007年12月 2日 (日)

無口なワイン

 先週末、友人宅に招かれて、夕食をご馳走になった。いつも凝った料理を出してくれるのが楽しみで、よくお邪魔する。うちからは、ワインを2本携えて行った。

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 そのうちの1本が、このシャトー・ラグランジュの1995年。10年以上前の1996年8月に、プリムール(先物買い)で買った時の領収書が残っていて、それによると1本90フラン(約1800円)とある。

 プリムールというのは、まだ瓶詰め以前、樽の中で眠っている時期に買うこと。これからどんなワインになるか評価が確立していないから、その分ずいぶん安く買える。確か注文して半年以上経った、翌年早々に配達されたと思う。

 それから何度か呑んでみたけど、どうもはっきりした印象が持てなかった。まだ眠りから十分に覚めていない感じだったのだ。それでしばらく地下蔵に封印して、放っておくことにした。

 でもうちに来てからでももう10年以上経つし、もうそろそろいいだろうと地上に上げ、2日ほど澱(おり)を沈めてから持って行った。

 開けてすぐはそれでも、まだ語りかけてくれない。こういう表現をすると、ワインにあまり興味のない人が読むと、引いてしまいそうだけど、ワインには饒舌な性格を持ってるのと、無口なのと、2種類あるんじゃないだろうか。

 コルクを抜いた瞬間に、パアーッと香りが広がって、「さあ、早く味わって」と催促してくる。こちらもつられて、話が弾む。こういうのが、饒舌なワイン。

 反対に、グラスに注いでしばらくしても、なんだかシーンとしていて、これからどんな物語を紡いでくれるのかよくわからないワインがある。このラグランジュが、まさにそうだった。無口なワインなのである。同じサン・ジュリアンでも、デュクリュ・ボーカイユ(Ducru-Beaucaillou)の86年は、ずっとわかりやすかった気がする。

 でも1時間以上空気に触れているうちに、すっかりほぐれてきてくれた。まろやかに熟成しているけれど、同時に十分に若々しい。赤い果実やカフェやスパイスや、皮革や、いろいろ複雑な香りも、立ち昇ってくる。最後まで控えめな感じは変らなかったけれど、すっかり幸せな感じにさせてもらっていた。なんだ、ホントはいい奴なんじゃん。

 

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2007年12月 1日 (土)

エディット・ピアフのチャイナタウン

 友人一家と、ベルヴィル(Belleville)にある中華料理屋に出かける。ベルヴィルと言えば、エディット・ピアフの生まれた町である。ここのベルヴィル通り72番地の、石畳の上で生まれたという伝説がある(本当は隣町メニルモンタンの、普通の病院だったらしい)。

 彼女が生まれたことになってる72番地近辺は、今は中国人たちが忙しく行き来している。戦前はいかにもパリらしい下町だったのが、戦後はまずユダヤ人、次にアラブ人、ギリシャ移民、そして1960年代以降は華僑がやって来て、パリ南部のチャイナタウンに次ぐ大きさの中国人街に、変貌してしまった。

 それで今でも、中華料理屋の隣にユダヤ肉屋、超級市場(スーパーマーケット)の隣にアラブのカフェが並んでいたりする。この日食べに行ったのは、「温州正宗点心」というお店。奇しくもというか、「ピアフの生まれ落ちた」同じ通りを下って行った、24番地の店だった。

 パリで毎週発行されている「ニュースダイジェスト」というミニコミ誌があって、そこのレストラン案内での紹介のされ方があんまりおいしそうなので、出かけた次第。

 レストラン案内に限らず、最近のニュースダイジェストは面白い記事が多くなってきたと思う。

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 お勧めに従って、まずは焼き豚マン(夢中になって食べてしまい、写真を撮り忘れました。ニュースダイジェストのサイトを参照して下さい)。続いて、このコロコロと小さな焼き餃子。そして麻婆豆腐(ガイドに出て来たものばっかり)。

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 少しは違うものも食べてみようと、芥子(からし)菜ラーメンを注文した。中国温州地方の店は、昔僕の住んでたマレ地区の小さなチャイナタウンにも何軒かあって、これはお気に入りの一品だった。この店のは、そっちに比べると上品な味付けで、いろんなものを食べたあとでも十分お腹に入ってくれる。

 食後は、「黒ゴマペースト入りきな粉餅」を2皿12コ頼んで、これもペロリ。豚まん1個0,7ユーロ(約110円)、餃子が12コで4,5ユーロ(約720円)などなど、ユーロ高でもかなり割安感の強い店でした。


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